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カルテットの感想文

今週のカルテットはすごかったですね…。

すごかったとしか言えないこの語彙力を恨む…キィ!

キィ!となりながらも何に対して「すげえ…」ってなってるのか自分の中でもやもやするので一度文章に起こしてみたいと思います。

ざ~っと書くだけなのでお見苦しい点もあるかと思います。

 

まず、どこからウワァァァってなってたかというと、正直先週クドカンが出てきた時点でウワァァァァ!!ってなってたよね。

マスクしてるのに話す時だけ声の小ささ気にしてかマスクずらす演技とかなんなのよ。

どうでもいいけどマスクいつもしてていつも顎のとこにやってる人ってなんなの?

中学校の時の先生は顎の保湿って言ってたけどほんとなの?顎保湿するなら頬保湿しろよ!それか取れ。

ユニクロの手提げ袋持ってるのとかももう「絶妙な生活感~!」。

 

今回はもう説明するまでもなく「夫婦のすれ違いの様子」なんですけど、これまた丁寧にかくよね。こういう何の気ないすれ違いってすごくリアルでありふれてるのに友達に説明しようとしたり愚痴ったりしようとするとうまく言えない類のやつじゃん。

だから私たちは人に話す時「まあ小さいことが積み重なるとさ~」とか適当にまとめちゃうけど適当にまとめないで一個一個説明してくれるのがいいよね。

今まではどっちかというとエピソードだけくれて説明してくれないドラマだと思ってたけど今回はナレーションも多めだしすごく説明してくれるから「もうやめて~!」ってなるレベルだったわ…。まぁ私結婚したことないんですけどね…(ドーーーン)

 

真紀さんとお母さんが教会で話してる時に入ってきたカップルの会話

「ねぇ~きれい~見て!十字架!木の椅子だしいっぱい座れるね~」

ってやつ。私、世の中のカップルって何話してるんだろう?って思ってバイトしながら聞き耳をたててみたことがあるんですけどみんな本当にこんな感じの会話してるよね。基本的に女の子が「おいしそう!」「高い!」「すごい!」「イチゴ味!」みたいな感じで見たままのことを大げさに言うあれ。こういうカップルの行きつく先はどこなのかよくわからないけどカップルって割とこんな感じなんだろうな~。こんなこと言ってるうちはまじで彼氏できねえわ、ハァ。

 

すずめちゃんに指輪のこと聞かれるシーンで

「あ、これは指輪っていうか、オブジェみたいなもんで。指輪に見えるオブジェです」

って答えるところあるけど、これも「そこくるか~~~~~イテェェ~~~」って感じ。結婚指輪ってなんだろ?って思っちゃったよ…

私もすずめちゃんと同じで「指輪に見えるオブジェは指輪だろ」って感じなんだけどきっとオブジェだと思う人にはオブジェでしかないからね。オブジェに意味やメッセージ性を持たせるのは後から人が付けただけだしなんだかんだ指輪なんてただの「もの」だもんね。たまに海外のアイドルが薬指に指輪つけててファンが「キィィィ!!彼女いんのかよ!!!」ってなってることあるけど現地の人でてきて「うちの国では薬指に指輪を付けること自体そんなに深い意味はありません。家族からもらったものをつけたりします。」とか言って「文化の違い…」ってなるもんね。そう考えると意味を持たせてそれを信じている人がいなければただの「もの」でしかないんだなーって。私なんかはそのただの「もの」に夢を持っちゃうけどな~。クリスマスシーズンにパルコで指輪屋さんの前通った時気絶しそうになったもんな~。

 

まずこの二人って全然違うよね、結婚観が。結婚観とかいう単語でまとめていいのか知らないけどさ。初対面で一目ぼれしていた旦那さんと、仕事の人って思ってた奥さん。旦那さんはずっと恋人でいたいし、奥さんは家族を作りたかったんだよね。子供ができないことがわかった時も旦那さんは「いつまでも恋人同士」って認識、奥さんは「ふたりでも家族は家族」って認識。

 

旦那さんの台詞で「ミステリアスさがなくなった」とか「彼女も普通の人なんだな」っていうところあるけど「ハァ?」って感じだけどね。恋人にはそういうものが必要なんだろうな、彼氏が欲しいなら「秘密を作れ!」とかよく言うしね。ただ私も奥さんサイドの考えだから「無理しない関係、素直な自分」を求めちゃうけどな~。これは本当に「恋愛」「結婚」とかそういう話になってくるんだろうね。難しいね。

 

ふたりの趣味の合わなさもすごい丁寧にかかれてるよね。

詩集、映画、音楽。極めつけはから揚げのレモン。

カフェのくだりもそうか。「寒いから」「コーヒーあるよ」で片づけられちゃうあれ。

 

私は自分と違う他人に対して興味を持ったりおもしろく感じたりするタイプだから映画を観るシーンなんかでもし自分の配偶者が隣であんな感じだったからなんなら愛しいわ~って思っちゃいそうだけど、「同じものに感動したり同じものに惹かれる」っていう恋人像を持っている人ならああなってしまうのかもしれない。「いい人?」「悪い人?」って聞いてたのはすごい象徴的だよね。はっきりしないことに対して思いを馳せるのが好きな人もいるし、はっきりとさせて楽しむ人もいるし。

あとどれだけ「私たちよくあう」と思ってる人でも合わない部分ってあるんだよね。どうしても。全部が全部同じ人なんていないよね。

私の友達も普段の生活で感じることはすごく似てるのに服装とか読む本とか感動する点に対しては全くあわない子とか、逆にすごく本、映画、音楽の趣味はあうのに価値観みたいなものは全くあわなかったりするじゃん。でもそれは「ここはこんなに似てるのに、ここはこんなに似てない」っていう発見を楽しめるから私は好きなんだけど、どうなんだろ。でも彼氏がすごくロマンチックなデート中にすごく嫌いな音楽流してきたらちょっと嫌かもしんないわ、うん、嫌だわ。。。。。

 

ただ、詩集を鍋敷きにされた時、あの時に家を出ることを心に決めたんじゃないかなって思う。決めたというか「あっ、これはダメだ」っていう瞬間。あるよね、人と人の繋がりでもさ。私、今まで何度か人と距離を置いたことがあるけど、全部「あっ、これはダメだ」っていう瞬間があったもん。でもそれはそんなでかいことでもなくて、いざ口にして他人に話してみると「そんなことかよ、心せまっ」って言われちゃいそうなこと。でも、自分にとってはすごく大きなことで「これはダメだ~」っていう決定打になっちゃうことってあるんだよね~。それがこの夫婦においてはあの詩集だったんだよな。だから家守さんには「一億点の妻」とか「あんないい妻に文句言ったら怒られますよ」って言われたり「から揚げにレモンかけられます」って言ったら「それくらいで」って言われちゃうんだよね。言葉にすると大したことないし、他人からしたら些細にもほどがあるようなことが決定打になる。私は夫婦間での経験はないけど友達間においてこういう経験あるわ、すげーわかる。

 

最初のほうは結構奥さんサイドで見てて「う~~~んこれは旦那さん夢見すぎなんじゃないか~?わかるけど~わかるけどさ~~~~」って感じだったのね。

 

でも後半、主婦としての奥さんがすごく際立ち始めて

例えば話題がほとんどテレビと近所の人たちのどうでもいい話になったり

8個入りか12個入りどっちがいいかとか言われてどうでもいいなりに適当に「12個入り」って答えたら「400円違うんだよな~」と言われたり、そういう部分がすごく私の母親と重なって。私は母親のそういうところが未だにすごく苦手で嫌になることが多いからそのあたりは旦那さんサイドに共感しちゃったんだよな~。奥さんが入院してる時にルンルンしちゃって罪悪感にかられる旦那さんの姿なんて「私かよ」って感じだったもん。

 

この夫婦をつないでたものってなんだろう?って思ったんだけど声が小さいところかなって思う。声が小さい人って声が小さい人と付き合うよね。わかるわ、これ。

声が小さかったはずの旦那さんが居酒屋で大声で話しちゃうことによって奥さんに話を聞かれたりするところ、あ~~ってなったわ。皮肉なことにパターンだわ。

 

なんで二人は「ちゃんと話そう」って思ったのに話せなかったんだろう?

二人とも「ちゃんと話そう」って思って家に帰ったのにね。

あとあの時流れてたクラッシックは本当に流れてたってことだよね?

 

「ラー油買ってくるね~」で奥さんが出てったのも印象的だったなー。

これは多分から揚げにレモンとかかってる気がする。

ひょっとしたら旦那さんは餃子にラー油をつけない人だったかもしれないな~。

 

「レモン嫌いだからかけないで」って言わずに来てしまった夫婦が、

話し合うことはできなかったのかもしれないな~。

だって「ちゃんと話そう」って言ったってなにから話したらいいのかわからないし。

「レモン嫌いだからかけないで」っていうのかな?

それとも「仕事辞めました」?

それは違うもんね。

なんでこうなったのか、なんで旦那さんがいなくなったのか「わからない」と話す奥さんなんだもん、なにから話したらいいのかなんてわかるはずがないかー。

 

 

ちなみに私が一番ウワァァァァ~~~ってなった台詞は

「人って価値観あうか器が大きいかどっちかないとキツイっしょ。」でした。

価値観しっかり持ちすぎだし器ちっせえからいろいろ詰んだ~~~~~~!!!!

 

終わりです!!!!!!!!!!!!!!!!!!

褒める時は褒めるだけすればいいのに

褒める時についでに比較対象の人を出す人っているじゃないですか。

 

「本当にすごいねー!やっとまともな人に出会えたわ…」とか「他の人もこれくらいだといいんだけど…」とか「それに比べてあの子はさぁ」とかこういうのって「あぁ、私もなにかやらかしたりしたらこうやって陰で何か言われるんだろうな」っていう恐怖がついてくるだけなので嬉しいけど複雑な気持ちになる。逆にすんごいプレッシャーになるからやめてほしい。

 

もちろん陰口とか派閥とかって多かれ少なかれ集団にはあるものだし否定はしないけど、その集団に入りたての私に対してそういう面を見せてくるっていうのは信頼の証でもあるとともにもっとわからないところで勝手にやってくれやって思う。いつか私もそういうことをしたりされたりするのかもしれないって思うとすんごいめんどくさい。したくもないしされるのもいやだし。

 

誰が嫌われてるとか誰と誰が仲悪いとかそういうのがほんとに手に取るようにわかっちゃうから得ではあるけど大人の世界ならそういうのってもっとわからないようにうまくやってくれよなって思う、わたしは。

 

小さい頃に思ってた大人の人間関係ってもっとこざっぱりしてて生きやすいんじゃないかと思ってたけど小さい頃にクラスであった人間関係が水面下で育まれているだけの違いであって、根本は全然変わってないなと思うことが最近多い。いろんな人がいてすんごい難しい。みんな自分の中のルールがあってそこから外れて行く人たちに対してムカついたりイラついたり嫌と思ったりしてしまうからすんごい難しいし全員親友!なんて絶対無理。でも私はキライな人を嫌わんでもいいような気がする。キライの感情ってそんなに頑張って育てるものじゃないから適当に忘れるが流すかその人から離れるかしたらいいと思う。というか負の感情って育てるのも持っとくのも結構しんどい。

 

自分がそういうのがしんどくなっちゃうからか、わたしの周りの友達には結局すんごいさっぱりした付き合いで久々に会えば楽しいし困った時は助けてくれるだろうなって人が残ってきてる気がする。

 

まぁ自分らの世代ならまだわかるんだけど親世代とかもっと上の人でも負の感情を中心に生きてる人っているじゃん、それはいかんなと思う。そんな年齢になってもまだずっと負の感情に振り回されてて、いつもため息ついてたり何かに怒ってたりそういうの人生全然楽しくなさそう。そうならんように出口を見つけてみんなでお手手つないで仲良し!まではいけないとしてもみんなで肩組んでウィーアーザワールド歌えるくらいいろんな人のこと楽に受け止められるくらいの度量と余裕を常に持っとけたらいいなと思う。

 

まぁでも私も言われる立場だからそう思えるけど無意識に誰かを褒める時に他の人を貶めるようなこと言っちゃってるのかもしれんなと思って気をつけよと思った。

 

こういう話よく弟にするんだけど真剣な顔で「まじで就職できなさそう」って言われた。

元気が一番なの?

 

これまで経験して来たバイト全部、接客するときにとにかくもっと元気に大きい声を出せって言われるんですけどそんなに元気って大事なんですかね。

 

「感じがいいこと」と「元気なこと」ってイコールになりますかね。

 

どこいっても「元気に明るく!」みたいなこと言われるの最近すんごい嫌だなって思うんだよね。「ここもかよ…」みたいな。私が元気で明るい人見ると「うわぁ…元気で明るいな………」ってなるタイプだと思うからなんだけど、接客においては「元気で明るく」って人もいてもいいけど私は「おしとやかに優しく」してくれる人が一番好きだなんだよね。あと元気で明るく高い声と早口で喋る人がすごい苦手。魂吸いとられそう。友達同士でテンション上がってるならわかるけどお店でそういう対応されるとびっくりしちゃう。まぁどんな店かにもよるけどさ。コンビニの店員さんとかもっとやる気なくしてほしい。前住んでたところの近くのコンビニがそうだったんだけどバイト終わった深夜に行ってとんでも明るい接客されてぐったりしたことあるもん。この歳だし声の大きさくらい自分で選ばせてくれよ…とか思っちゃうし。まじでバイトするの向いてないと思うわ。その人の性格とスタイルにあったやり方で人に優しく接することができたらそれでいいよっていうもっと緩い感じになんないかな〜世の中のバイトが全体的にそうなったらいいのに。

 

社会人じゃないからこんなアホみたいな呑気なこと言えるのかもしれないけどもうちょっと緩く仕事して生きれたらいいのにね。

 

なんでみんなそんなにカッチリキビキビせかせかしてお互いバキバキに注意しあって高め合って緊張感ある感じなんだろうかと不思議に思うわ。

 

失敗したら失敗した人に注意するんじゃなくてカバーできる優しさを見せてあげることで「次は失敗しないようにしよう、そして誰かをフォローしてあげたり失敗をカバーできるくらいになれるようにしよう」って勝手に思ってくれるくらいのそういう感じでいいと思う。

 

人に「次から気をつけてね」って言うのも言われるのもすんごい苦手だし。だって気をつけてたけどなっちゃったし申し訳ない気持ちでいて次からは気をつけようと思ってることくらいわかってるじゃん。

 

明るく元気にキビキビ緊張感持って生活するの全然無理だ、あわない……。

 

朗らかに穏やかに緩く安定感を持ってとにかく優しさだけで生きていきたい……

 

最近ずっと感じてるけど働くのまじ向いてないわ…。まぁすんごいちゃんと働くけど。。。

 

明日も穏やかに終えられますように!!!

 

地下室タイムズに送ろうと思ってやめた記事

地下室タイムズに送ろうと思って最近のバンド全く知らないし全く聞かないけど無理やり頑張って記事を書いたんですけど、いざ地下室タイムズの記事読んだらレベル高すぎてびびって送るのやめた記事です。君の名は。を引きずりすぎてる…。そいえば言葉の庭が二週間だけ限定で映画館でやるらしいよ!しかも地元で。行こっと。特に嫌な人とか嫌な仕事とかないけどバイトが嫌すぎてもうやめたいしほかのこと考えられない。以下記事になります。

 

 

みんな「君の名は。」見た?

見てないの?見ろ!映画館で見ろ!

アニメを見ない、見れない私が

「大人気でみんなが良いっていってるとはいえアニメか~~う~ん、アニメ~~~」という

かなり何様な態度で見に行ってだな、

号泣して下まつ毛のマスカラボロボロに落としてトレーナーの袖でぬぐって

魂抜けた状態で帰路についたんだ…ほんとに黒のトレーナー着ててよかったよ…。

 

私田舎住まいの女だから物語にうっかりどっぷり入り込んじゃったし

映像もすんごいきれいでとにかく見とれちゃうしなんだけど。

 

なんてったって音楽がずるい。

物語と歌詞がマッチしたあの曲たちずるい。

RADWIMPSずるい。

 

だって私らの青春を形作ってくれたRADWIMPS

青春映画のグッとくるシーンで大音量で映画館の音圧で流れてくるんだぜ…

野田洋次郎の息づかいまで聞こえてくるんだぜ…

部活が終わって暗くなりかけた校舎を歩きながら聞いたRADWIMPSがさ

金ないからみんなで分担してCDやらDVDやら買って回してたRADWIMPSがさ。

君とかいてあったら「恋」と読んで、僕とかいてあったら「愛」と読んでた

そんな私たちの消したくもありまぶしい青春時代をさ…彩ってくれたRADWIMPSがさ。

 

「こんなとこで流されたら泣くしかないだろうがよ!!!!やめろよ!!こっちはいい大人なんだよ映画館で一人でビービー泣くのとか嫌なんだよ!!!」ってところで流れてくるんすよ。

 

んなことある?んなことあります?ずるいわ。

そりゃ号泣するわ、心が完全に青春時代に引き戻されたわ。

 

音楽ってやっぱり、それを聞いてた時の自分の記憶としっかり結びついてて

時間が経ってから聞いたってその時の思い出が物語みたいに蘇ってくるんだよね。

だからRADWIMPSの音楽が私の青春時代の記憶をも呼び起こしてくるのよ。

もう映画の途中からセーラー服着てたもん私。黒い毛玉だらけのトレーナー着てたけど。

 

正直に告白すると

私は制服を着なくなると同時にRADWINPSも聞かなくなったのよ。

それだけじゃなくて青春時代に聞いていた音楽をあまり聞かなくなったの。

レポート書きながらうっかりそんな曲聞いてしまったら

「アーッ!」ってなるしバイト帰りに聞いたら「ハァ…」ってなってしまうからね。

聞くと思い出が物語のように、映画を見ている時のように流れてきちゃうから。

 

だから聞いてると青春時代の気持ちがフッと込みあげてきて

憧れの大学生になるために勉強したのに一体何をしてるんだろう…ってなって

最終的には「なんか無理!!!キャパオーバー!」ってなるよね。

 

だから全然聞いてなかったんだけどさ。

映画を観た後からまた聞いてるのよ、とにかく余韻がすごくて。まだ浸っていたくて。

 

それで青春時代を思い起こしながら思ったのよ。

 

私たちもうこんなに年を重ねて、制服も着なくなって黒髪でなくなって

あの時には憧れてた成人にだってとっくになっててさ。

ピアスだってあいて、それなりに恋愛だってしてさ

パソコンにしがみついてなくても外でyoutube見れるようになってさ

音楽聞くのだってすんごい便利になっちゃってさ。

 

憧れの大人になったはずなのにさ、そんなパッともしてないしさ

なんか、いろいろと変わってしまってさ。

 

なのに野田洋次郎は変わらず

大きいツバの帽子かぶって緩いシルエットの服で固めて

変わらずに「君」について「僕」について歌ってんだよどういうことだよ…。

 

私たちのピュアな青春時代は終わってしまったのにあの時とは変わってしまったのに

野田洋次郎の書く歌詞はなぜこうもずっと変わらないの?なんなの?

 

同窓会で「うそ…知り合ってからもうそんなに経ってる…?」

「そんなに年とったの…?」なんて会話が繰り広げられるくらいなんだから

野田洋次郎を見て「なんか年とったね…」ってなってもおかしくなくない?

なんなの?彼らだけ時止まってない?

 

ニキビに悩んでいた少女が今じゃシミとクマで悩んでんだよ?

大人になったら「君」に出会えると思ってたのにそんな人もいないし

一人でバイト終わりに就活についてぼんやり考える日々だよ?

なのに野田洋次郎は変わらずこんな曲をさ…

 

一体あの頃の私の輝きどこにいってしまったのよ……

完全に私の心が私を追い越した……………エーーーーーーン(号泣)

 

 

んでまたそこで思ったのはさ。

音楽が思い出を呼び起こしてくれるならとりあえずどんな状況の時もいつでもどこでも音楽聞いとくべきだなと思って。

音楽聞かない生活よりは聞く生活しといたほうがいいと思う。

 

ガサツだし恥ずかしいから日記なんて絶対書けないし

当時何を思って何を考えてどういう目標を持って生活してたかって

結構簡単に忘れちゃうし正確に思い出すのって難しいと思うのよ。

 

けど、音楽聞いたらすぐ思い出せるじゃん!

 

高校生の時にどんなこと考えてたとか、

どんな目標持ってたかなんて全然忘れて生活してたけど

RADWIPNS聞いたら当時の感情や情景や物語がブワーって浮かんでくるのよ。

それすごくない?

物理的に日記書いたりするのよりも手軽なのにドラマチックだし。

 

人が思い浮かぶこともあるしね。

その時一緒にいた人が思い浮かんで急に懐かしくなったり

今は疎遠になってしまった人に思いを馳せたりね。

 

今回私は映画を観たことで再びRADWIMPSの音楽に触れて

RADWIMPSを聞きまくっていた頃の感情が蘇ってきたわけだけど

 

音楽って偶然聞くことになること多いから

例えばふらっと入ったお店で思い出の曲が流れてきたり

テレビで突然流れてきたりすることって普通にあって

その時に過去の自分の思い出や感情に向き合えるというのは

おもしろいし有意義だしいいじゃん。と思う。

昔の自分が今の自分の姿を見直させてくれる機会になったりするしね!

だからもう日記つける感覚で音楽聞きながら自分の感情にマッチする歌詞に思いを馳せたりするのがいいと思うわ。

そんで数年後にまたその曲聞いてそん時のこと思い出して泣こうぜ。

 

 

君の名は。を観たって話からこんな話になってますけど

君の名は。を観てRADWIMPS聞くと私と同世代の人たちは過去を振り返って

自分の心が自分を追い越します。以上です。

業界用語なんのため?

業界用語に「サムゥ」ってなってしまう自分がすんごい嫌なんだけどなってしまうのね。

 

「サムゥ」ってなっちゃったりちょっと笑っちゃったり自分のプライドとして「言いたくない」と思ってしまうようなそういう変な自意識を今すぐ破滅させたいんだけどできない。

 

友達や弟にそれを言うと「言うだけじゃん」とか「そんなんいちいち考えてたら疲れるよ」とか言われるけど思ってしまうし一度思ってしまうと「なんでこんな捻くれてんだろう」と反省し始めて疲れたりする。

 

業界用語ってしなくてもいいことまで業界用語にしたり省略言葉にしたりするじゃん。就活してても感じるしバイトとかインターンシップ(この言葉にもなれるのに時間かかったわ)でちょっと違う世界を見たりするとすごいあるじゃんそういうの。あれってなんのためにあるのかな?そういうのって長くていちいち言いたくないものとか語呂の悪いものをもうちょっとだけ便利にするためだとか、普段の生活で使わないものを指す時に便宜的に使うものだと思ってたけど、「いや、むしろ長くなっとるじゃん」「わかりにくいわ」「なんで横文字にしたの?」みたいなのってすんごいあるじゃん。そこに「気取ってるんじゃない?」っていうのを一ミリでも感じ取ってしまったらもうすんごい使いたくない、恥ずかしくて笑っちゃうのよ。もうこの辺で引いてる人いるかもしれんけどこの私の自意識どうしたらいいかしら?すんごい悩んできた…就活中してても働くようになってもそんなことばっかり考えてたらやっていけんわどうしよう。でも私はいつも「なんでみんなそんなスッと受け入れられるの?!?」と不思議に思ってんのほんとこれ。

 

例えばどんなことかって些細なことかもしれないけどゴミ箱のことを「ダストボックス」って言われると「うん?」ってなるのよ。例えが悪いかもしれんけど…ダストボックスってめっちゃ長くなってしまってるし小さい子とかに伝わらないしそれはどこに向けてのものなの??

 

身だしなみのことを「アピアランス」って言ったりレジのことを「キャッシャー」っていう風に書いてあるところよく見るけどさ、それってなんでそんな言い方するのかすんごい気になるのよ、なんのため?矢印どこにむいてるのそれは?もしそれが、それを使ってる人たちの中で帰属意識とか集団意識を高める効果があるんだとしたらすんごいサムゥって思う。

 

隠語とか略語とかそういうのって結構帰属意識とか集団意識を高めるために使われることが多いんじゃないかな、と思ってて。女子高生が女子高生間だけに通じる言葉使ったりとか例えばアニメが好きな人たち、いわゆるオタクの人たちの中で通じる言葉とか、そういうのもそうだと思ってて。そういう言葉の中から確かにいいところをついてくる、今までになかった、便利な表現が出てくると「萌える」とか「ワロタ」とか「オワコン」とかもそうだけど一般的になりやすいというか広まって浸透して使われやすいんじゃないかな、と思ってて。そういうのはおもしろいしあるべきものというかあって然るものというか、すごくいいと思うんだけどそれが仕事先とかにあったらそれはちょっと嫌だなぁと思うのよ。

 

私はかっこよさげな言葉よりもわかりやすい言葉が好きだしとにかく横文字が覚えられなくて苦手なのでそういう風潮に対して「ありのままでいったらダメ…?」と思ってしまう。

 

飲食店の隠語で多い「お手洗い行ってきます」「休憩いただきます」の代わりに「◯番入ります」っていうアレもお客さんに知られないようにとか不快感を与えないようにするためっていうのはわかるんだけど、従業員がトイレ行ったり休憩するのってそんなにいかんことか??とずーっと思っとって。掃除とかも隠語にするところが多いのかなぁ?トイレとか掃除ってそんな聞くだけで不快感を与えるものなのかなぁ?なんでそんなことするのかなぁ?って思ってしまってそれを言っている自分を想像するとサムゥってなります。あーもう自意識!この自意識が寒いわ!!!

 

終わります。

 

君の名は。を見たよ

君の名は。」をついに見てきたよ!!!(ドンチャラドンチャラ)

 

弟には「今頃かよ」と言われたのですが、根っからのミーハーなので「いい!」と言われているものを見ないのもあれだもんね!

ただなんでこんな見るのが遅くなってしまったかというと理由は四つあって

 

まず一つ目は私がアニメがほんとにダメなのね。

もうジブリがすんげー怖い。もうなんか絵が怖くて見れない。

トトロとかだとしても一人で見るのやだしなんならあの青い背景に「スタジオジブリ作品」って出てきたとこで「はい怖い!はい無理!」ってなるからね。理由はわかんないけど。

ちょっと前までは千と千尋がほんとに怖くて金曜ロードショーの宣伝でも流れてくるのを感じ取ると画面見ないようにしてたもんね。今ダントツで怖いのはかぐや姫ね。あれはもう音楽も怖いしトラウマレベル。理由はわかんないけどとにかく背筋が凍るレベルの怖さ。

まあでも「君の名は。」はジブリとは違うタイプのアニメだし予告で怖い!とかはないんだけど。でもほんとアニメってちゃんと最後まで見れたことないしはまったこともないんだよね。高校時代に友達たちが「これはやばい!!!」と見るたびに騒いでいたサマーウォーズも全然ぐっとこなかったし、おおかみこどもの雨と雪も確かに感動したけどアニメ自体への抵抗がまだ抜けず…あとは親友がドハマりした際におそ松さんにも挑戦したけどう~んって感じで。とにかくアニメと相性が良くないみたいで小さいころからまともに見たことなくて。漫画は全然好きなんだけどな~なんでだろう?

 

二つ目の理由としては「相性が合わないものは割とずっとだめ」っていう私の中の統計があって。

私嫌いなものへ時間を置いてから挑戦してみることが結構好きで、好きでというか、あきらめきれないというか。

「嫌いなハズない!!私だってハマりたい!!!」と思うわけ。

なんか損してる気分になるじゃん、嫌なものがあるっていうのはさ!だからスポーツにしても何度も挑戦してるし、海外文学とか、歴史の勉強とか地理の勉強とか、英語とか、運転とかトマトとか、あと何があるかな?それこそ映画のジャンルとかでも見る前から「私これダメだろうな」って予想がつくし当たる。そういうの結構多いんだけど自分の中で「このジャンルは駄目」っていうのがあって。

それは嫌いというよりは「相性が悪い」とか「受け付けない」とか「はいってこない」とかそういう感じに近い感覚なんだけど時間を置いて挑戦してもやっぱりだめなんだよね。ほんと、不思議なんだけどすんごい一貫してるのよそういうのが。

海外文学なんかは私としては読みたくてさ、何度も何度も挑戦してるんだけど人の名前がカタカナでこんがらかっちゃうのとか文章が翻訳調なのも苦手で。読んでても全然入ってこないんだよね。そういう理由でアニメも何度も何度もいろんなとこで挑戦してみたんだけどダメで。

今回も見てもダメだろうな~って思ってたのが二つ目。

 

三つ目は「君の名は。」の監督が書いた「言葉の庭」っていう小説を読んだんだけどそれが自分にはあんまりはまらなかったんだよね~。話はおもしろかったんだけどやっぱり小説家が書く小説とは明らかに差があるというか…映像として浮かんではくるけど感情面の書き方があんまりぐっとこなくて言うほど物語に入り込めなかった。のでこの映画も入り込めないんじゃないかな~と。これが三つ目。

 

四つ目は弟が先に見に行って感想とあらすじを教えてくれたんだけどそれがすんごいつまんなそうなの。今となっては弟のしゃべりが下手なだけだったんだなとわかるんだけど(笑)

 

これだけの理由がそろっちゃってたからもう行かなくていいかな~と思ってたの。

 

だけど二日前に行ったクラブイベントでDJのワイパさんって人が(名前知らんかったから調べた)なんでもないやを流してて後ろに流れてる「君の名は。」の映像にうっとりしてて、しかもフルコーラスで流すし(笑)「めっちゃ感情もっていかれとるじゃん!」と思って、「やっぱりよっぽどいいんだろうな~」とちょっと気になり始めていたのですが、今日TOPIKっていう韓国語の試験を受けてるときに頭の中でプサン国際映画祭で「アンニョンハセヨ!ノエイルムエソタキルマッコインヌンカミキリュウノスケイムニダ!」と舞台挨拶している神木隆之介くんの映像が突然流れてきたので「もう今日行くか!」という気持ちになりました。(ニュースで見た映像フラッシュバック)

 

まだ映画の内容書き始めてないけどもうそろそろ2000字だけど大丈夫かしらね?構わず行くわよ!!!

 

そんでまぁ映画館に行きまして。

地元の、とはいっても電車に30分くらい乗るんですけど、家からは一番近い映画館に行ったらもうすんごい空いててさ。ほぼ貸し切り。3組しかいなかったもん。映画見る時いつも一番前で見るのが好きだから今日も前から3列目くらいをとって(必ず店員さんに「スクリーンの目の前ですが大丈夫ですか?」って聞かれる)待ってたら予告が始まって。

 

そんなかでなんか4人組くらいの女の子がタイムスリップ?みたいなのして地球を救う!みたいなアニメ映画の予告もやってたんだけどその時点で「あー!やっぱダメそう!!」という予感がヒシヒシ。

 

そして始まった映画!

 

これ内容書くとめっちゃネタバレしちゃうからやめたほうがいいよね?

なんかふわっと書いていくわ、そうする!

 

結論からいくとね

 

「すんげーめちゃくちゃに泣いた」

 

最初のほうやっぱりアニメの映像に慣れなくて、なんでかっていうと妙にリアルじゃん。ちらっと映る天然水とかJRの電車のドアに貼ってあるシールとか、道路標示の看板とか田舎の部屋の畳の柄とか、古臭い壁にかかってる謎の丸い形の板とか、畳の部屋に似合わないホームセンターに売ってそうな収納箱とか、iPhoneの絶妙な薄さとか、もう隅から隅までいちいちリアルじゃん。風景に至っては「撮った写真をアニメっぽく加工した」って言われたら「そうなんだ〜」と普通に納得しちゃうと思う。てかあんなリアルな絵を人間が作ってるってすごすぎるよね、人間すごすぎる。いや、人間すごすぎるというより私と同じ人間というジャンルの人たちがあんなん作ってるって不思議すぎるわ、なにごとだよ。そんで映像がそんだけリアルなのに、人間だけ全然リアルじゃないじゃん。なんか、言いたいことわかってもらえるかな?あんな足細くて目がでかくてあんな華奢な体に寝ても流れないくらいの胸が付いててってそんなんありえるかい。顔のパーツなんて全くリアルじゃなくてさ、なのに動きだけは妙にリアルだよね。それがなんというか気持ち悪いというか「うげぇ」の気持ち悪いじゃなくて心地悪いというか違和感があって慣れなくて。

 

特におくれ毛が許せん。あんなにいかつい量のおくれ毛が両方から出てたらすんごい変な髪型になるよ、あんなんありえんて。

 

最初の方はそんなことばっかり気にしてて集中できなかっだけど(あとアニメ特有のあのオープニングもびっくりした)

 

何で気持ちをを持っていかれたかというと、田舎の映像。

 

田舎の映像、我が家かよってレベルでリアル。あぁいう通学路通ってたわ私。まぁ私の家は半径2キロくらいがあれくらいの田舎なだけで15分くらいチャリ乗ればコンビニだってゲンキーだってありますからね!(1年前にできた)

 

あとは訛り。あんな風にかわいく訛ってないけど結構うちの辺も似たような訛り方してて共感するというか。ここの土地の人だけで喋ってる時は私もあんな感じでしゃべります。あんなかわいくないけど。

 

全体的に田舎エピソード共感できすぎ。そんで三葉のクラスメイトの男の子がお父さんに「週末家の仕事手伝えよ、これも勉強だで」みたいなこと言われて「うーん」みたいな適当な返事したところで1回目の涙が爆発しました(早すぎ)

 

もう一回泣かされたらこっちの負けというか…ね?

 

あとのストーリーはもう泣くしかないじゃん、あんなの。

だって一番好きな映画「純愛韓国映画」だよ?わたし?僕の彼女を紹介しますのあのありえないにもほどにある恋愛で号泣してコンビニに水買いに行きながら声あげて泣いてたし、わたしのオオカミ少年でもありえなさすぎる結末に「恋愛したい!!」と思わされてるくらいピュアな(アホな)脳みそ持ってるわたしだよ?あんなん大好物じゃん!!

 

ただ二人が少しだけ会えたシーンで今までの経験から「あんたら名前を書き合う前に消えちゃうんだからとっとと名前書くかチューしろ!!ほっぺピンクにしてデレデレしてなくていいからチューくらいしとけアホ!!!」と思ってました。ていうか全般を通してあのほっぺがピンクになるのやめてほしい。リアリティなさすぎ、あんな丸くほっぺピンクくなんねえよ!!!

 

まぁそんなことはいいとして、やっぱり何が涙を誘うかって歌ですよ。

 

青春時代にRADを聞きながら愛について考えた青春時代を体験したものたちなら涙せずにいられないと思うよ。

 

なんやねん。RADを聞きながら「彼氏ってこんな感じで全身全霊をかけて好きになってくれるんだろうな」とか「人に愛されたらこんな風に思ってもらえるんだな、すげえな」なんて考えてた青春時代なんやねん。そんなアホなことありえない、存在しません!っていうのを完全に理解した今でも劇中であんな音楽流されたらあの時に戻ってしまうのなんやねん。私は関西人ではないけどもうこの言葉ぴったりだから使わしてもらうわ、なんやねん。私たちの青春時代から変わらず同じようにそんな音楽作ってるRADなんやねん。そんな愛ないだろうが!!嘘だよ!!大学生になってもう全部わかったんだよ、あんな現実ないんだよ!エーーーン(号泣)

 

何言ってんのかちょっとわかんないんだけどあの音楽はずるいよね。エンディングも放心状態になりながら涙だけずっと出てたわ。

 

ただめっちゃ一生懸命チャリで山登ってる時にパンチラするのやめてほしいわ、こっちはすんげー泣いてんのにさ!!そんなとこでパンチラされてもなんか萎えるわ!!!!!実際女子高生はチャリでそう簡単にパンチラしません!!!

 

映画の後半、ひとりでこの映画を見てることに対してすんごい寂しくなってきて「彼氏…」って思いました…。あんまりそういうこと思わないけど「出会いテェェェー!!!!」ってなった。何回も言葉にならない気持ちがこみ上げました。

 

どうでもいいけどこの映画をカップルで見たらその日の夜はお互いにすんごい気持ちが高ぶるんじゃないかと思います。。。。。ぜひどうぞ。。。(白目)ただ私は「新海誠最高!」「RADWIMPS最高!」とか言ってる男の人とは絶対に付き合いたくないです。夢見てんじゃねえぞ!!(身勝手)

 

もし彼氏が名前ペンで手に「好きだ」とか書いてきたらぶん殴るけどあぁやってみるから「アーーーーッ」ってなるの不思議すぎるよね。思わず自分の手のひら見つめたもんね。(身勝手)

 

三葉ちゃんのしゃべり方と声かわいすぎたから私明日からああいう声で喋ろうと誓った…。あ、バイト先の女の先輩の声、「この声絶対知ってる」と考えてたら長澤まさみだったね、わかった時スッキリした〜。

 

帰り道感情が高ぶりすぎて、いや、感情の整理がつかなさすぎて「家遠くてよかった…」と思いました。

 

ネタバレしんどこうと思ったらあんまり内容と感想書けなかった…満足したのでこの辺にしときます。明日東京の男の子と入れ替わることを願って寝ます。私は意地でも名前忘れません。

 

 

 

電車の遅延に遭遇した

 

今日が祝日なことを忘れてて朝起きてから誰かのツイートでそれに気づいてめちゃくちゃ急いで支度をして家を出た。6分早いだけでも私にとっては大ごとだ。化粧したり髪をかわかしたりするのに30分以上絶対かかるのでもう戦争状態。1時間あったら1時間かけてやりたいことを無理に30分くらいに収まるようにやるからもうファンデーションとかもポンポンって感じではなくて顔にバシバシバシッ!って叩きつける感じでドライヤーもファーって感じではなくブァー!!!みたいな感じでブローとかじゃない、もうなんかすごい勢い(笑)

動画見ながら電車に乗っているといつも止まらない場所で止まったので「あれ?休日ダイヤだからここで止まるんかな?」と思ってた。そしたらあまりにも長く止まるからおかしいなと思ってイヤフォンを外してみたら「遅延で遅れそう!」って電話してる人がいて初めて「遅延してるんだ!」って気付いた。すぐにネットで調べてみると人身事故でこの次の駅より先は電車が動いていない様子。 電車のガタンガタンいう音も、暖房の音もない静まり返った車内がなんか不気味で、電車がとまってるというのにみんなすんごい落ち着いていてなんか不気味だった。友達に「遅れそう!」と連絡を取ると3限休講のお知らせが届いた。2限も遅刻だし3限も休講か…。。

15分後くらいに電車が動いて次の駅で降ろされた。想像してたよりみんなが静かに行動していてまるで当たり前の日常のように落ち着いて行動する人たちに驚く。「何があったんですか?」とか「何時間遅れそうですか?」とか騒いでる人はいなくてみんなすんごい静まり返って向かいのホームに綺麗に整列していくの。その中で駅員さんとか整備の人たちが「中に人いないか確認して!」「扉閉めるぞ!」「次どうなってる?」「こっちはなんにも聞いてないから連絡してくれ!」と切迫した様子で叫ぶ声だけが響き渡る。めちゃくちゃ気味が悪い。

向かいのホームにで空きの電車、二両しかない電車が到着すると、さっきまで何事もなかったのように整列していた人たちが無言でその電車に向かって走り出して乗り込む。その電車が発車するのかしないのかもわからないのにぎゅうぎゅうになっている電車にみんなが無言で押しあいになりながら乗り込む。誰も叫んだり騒いだりせずにめちゃくちゃ静かにそれが起こってることがなんかもうめっちゃ怖くなって来て(笑)

次から次へとこの駅で人が降ろされて人だらけになってきて、もうホームもパンパンになってきて、とにかく静寂の中で駅員さんたちの声が響き渡ってて。私、ディズニーランドの朝一で入園開始した瞬間に人が一心不乱に人かき分けて走ってる様子とかも見てるとめっちゃキャパオーバーするんだけど、それと同じことが起こってて、あー無理だな、これは私がすごい無理だと思って一回駅からでて街を探索することにしたのね(笑)

そしたらまだ10時になってないからどこも開いてなかったんだけど花屋さんが開いてたから花見たり、公園みたいなとこのベンチにいたら祝日だからか小学生がチャリでいっぱいきて、噴水のとこに突っ込んでビチャビチャになりながらはしゃいでたり、日向で寝転んでる人がいたり、おじいちゃんとおばあちゃんが散歩してたりして「穏やかな日常〜〜〜!!」って思って。

45分くらいかな、歩いたり座ったりして時間潰してもう一回駅に戻ったら電車自体は動いてるけど人多すぎだからどう考えても乗れないし、来る電車は既にまんぱんだし、どのみち授業がはじまる時間だし、3限休講だしと思って近くのショッピングセンターが開く時間だったから入ってみた。本屋さんがあって入ったらちっちゃい女の子とお母さんがハロウィンの飾りのところで写真撮ってたり、ちっちゃい男の子が絵本に夢中になってたりして「穏やかな日常〜〜〜!!」ってなりました。キキララが表紙のアッラーの幸福論があったら開いてみたら「外に出て体を動かそう!」って書いてあった。外に出たぞォ〜!!

また30分くらい時間潰して駅に戻ったらいつもよりは多いけれどさっきよりはよっぽど少ない人になってたからまぁ行くか〜〜と思って行くことにしました。

それでボーッと考えてたんだけど前に講義で英語も日本語も全くわからない国の人たちが震災の時にどうやって情報を得たらいいんだろう?実際に文字がわからない、言葉がわからない環境ってどんなんなんだろう?って、私たちがわからない言語で震災の放送を聞いたりして「いや、まじでわかんねぇわ」と思ったことがあって。あと他の講義でも耳が聞こえない人たちが震災の時に放送とかがわかんない状況で周りが一斉に走ったりしてる時、どういう気持ちなんだろう、なにがなんだかわかんないし逃げ遅れたりとか絶対あるし、みたいなのもやったことがあるんだけど、本当にそうだなって思った。実際今日みたいな遅延とかであんなにみんなが何事もないように静かに冷静に行動してて、でも電車来たら一斉に走り出したりして、あんなん状況がわからんかったら「え、なんなの!?なんなの!?」って不安になると思う。そういう時に我先にじゃなくて周りをちゃんと見て困ってそうな人がいたら躊躇わずに声をかけれるようにしておくような度胸を持っておきたいな〜。と思った。

それにしてもみんなが当たり前にこなす電車の遅延くらいでこんなドギマギしてたら私は本当に大丈夫なんかと思うわ。朝から人と連絡しすぎて充電が切れそう…家を出てからもう3時間もたってるもんな…(笑)