ちびっこはちびっこだった

実家に帰ってきたのでご近所さんでバーベキューしたり近所の友達のお母さんに中国語を教えることになったり、今してる駐車場のバイトも近所のおじちゃんに頼まれてやってるやつだし、なんかそういうことが多くなって。

それで今日は町民運動会の予定でした。

町民運動会ってなに?って感じかもしれんけど町民が各地区に分かれてみんなで運動会します(笑)こういうのって田舎を舞台にした映画とか天然コケッコーみたいなとこでありそうだよね、実際にあるよ!

大学生くらいになると来なくなっちゃう子も多いんだけど、もちろん来る子も多くて、それこそ地元で結婚したり出産したりしたらもちろん参加しなきゃならないし、こっちにお嫁に来た人とかもみんな参加してだんだん馴染んできて三年くらいするとすっかり地域の人になっちゃってておもしろい。

 

私は小さい頃からもともと当たり前にそういう環境で暮らしていて、思春期の時とかはそれがもうめんどくさいというか、なんでそんなこと強制的にさせられないかんのよと思ってて(笑)

恥ずかしいじゃん、なんか。家族みんなで行くのもやだったし、毎年「お母さんに似てきたね~!」とか言われるのもなんかめんどくさかったし。会場の草取りしたりとか避難訓練したりとかそういうのもほんと、勘弁してくれよって思ってたのね。

 

なんだけど、一回、3年半?実家を離れて戻ってきたらなんか割と大丈夫になってて。大丈夫になっててというか、自分がもう大人になったからかもしれないし、なにがそうさせたのかよくわかんないけど、やだな~と思いながら行くとなんだかんだ楽しかったり近所のおばちゃんたちと楽しくしゃべったりおじちゃんたちに絡まれたりちびっこたちと遊んだりしててなんだかんだ町のイベントに楽しく参加するようになりました。

 

今回の運動会も「やだよ~出たくないよ」とか言いながらも運動会担当のおじちゃんから電話がかかってきて「この種目、人が足りてないから出てよ~お願い」とか言われて「え~~~~」なんて言いながらもちゃんと事前練習に行ったりして(玉入れの練習で玉の投げ方がおもしろすぎて地域の人たちみんなにゲラゲラ笑われた)でもなんかそういう環境ってなかなかないんじゃないかな?って思う。例えば映画とか見ながら「あ~田舎の暮らしっていいな~地域の人々のあったかい感じに触れたり自然豊かな場所でちょっと不便だけどゆったりした時間で過ごしたいな~」って思ってる人たちにとっては憧れるような場所だと思う。ほんとにそんな感じ。誰か亡くなったら町中で大騒ぎだし、おじいちゃんがいなくなったりしたら町の人みんなで仕事ほったらかして捜索したり。ただ、ちょっとでも嫌な噂が立つと地区の人みんなになんか言われたり、私からしたら「そんなことどうでもいいじゃん」っていうしきたりに対してずっと揉めてたり、そういう田舎特有の、小さすぎるコミュニティならではのやりづらさみたいなものもすごく多いと思う。来たばっかりのお嫁さんとかで、社交性がない人というか、人付き合いが苦手なおとなしい人だったりするとすんごい見ててしんどそう。逆にそういうのが得意な人とかはすぐに溶け込んですごく楽しそうに見えるけど。

 

今日の運動会は早朝の大雨で結局なくなってしまって。でも夜の打ち上げはやるの(笑)一応「今年もいろいろお疲れさま~」みたいな感じらしい。年末かよ(笑)

 

3歳のちびっこから耳の遠いおじいちゃんまでみんなでテーブルを囲んでご飯食べてお酒飲んで、ビンゴ大会やったりして結構盛り上がります。

 

地域の子供が少なすぎなのと、みんな大学生になる時に家を出てしまう人が多いから、私くらいの世代の人はもうほぼいなくて、中学生、私、その次はそのお母さんお父さん世代の人たち(笑)だから立ち位置的にちょっと特殊で、箸を使えないようなちびっこにご飯食べさせて、小中学生のお皿くばったりジュース飲ませたりして、落ち着いたらお母さんたちに混ざってご飯食べながら教育の話したり(塾通ったほうがいいのかな~?とか)そのあとお父さんたちに混ざってお酒飲んだりおじいちゃんたちに「あんなちびっこだったのに娘さんになっちゃって!」なんて言われたりそんな風にいろんなグループに顔を出してはかまってもらっておもしろかった。お母さんたちとはもうすんごい仲良しだから韓国のお土産あげたらすんごい喜んでくれた!よかった!

 

なんだかんだちびっこの面倒を見る人がいないのでちびっこたちと一緒にいることが多いんだけど、私最近のちびっこってもっとませてると思ってたのね。スマホでアプリやっててしゃべりかたとかもませすぎててイラッっとする感じかなって思ってたんだけど全然そんなことなかった。

 

DSした後に「お姫様ごっこしようよ~!」って言ってたし(3歳)「ペンパイナッポーアッポーペン!」って踊り狂った後に「おままごとしよ~!」って言ってたし(小学一年生)その後には新聞紙で振りかざすと「パンッ!」ってなるやつ作ってたし、スマホでポコパンした後に「座布団どれだけ高く積めるかやろうぜ!」って言ってたし(小学六年生)その後には新聞紙でボールとか作って野球してたし、なんか思ってたより私たちと同じだな~って思ってそこにびっくりした。

 

DSとかスマホの登場によってよく電車とかでもスマホ持たされてるちびっこ見たりして「うわ~時代!」って思ったりしてたんだけど、例えば私たちが小さい頃、暴れまわるのを抑えるために「ちょっと一回座ってジュース飲みな!」ってジュースを与えられて落ち着かされていたように、「ちょ、一回ポコパンやっといて!」って感じなんだろうね。ゲームとか持たせとくと静かに座って集中しててくれるから親としても公共の場とかでは助かるよね。ファミレスとかでもさ、子供ってちょっと食べたらすぐ飽きて走り回ったりするから走り回って周りに迷惑かけたり変な目で見られるくらいなら「ちょっとDSやってなさい!」ってなるもんね。なんかそういうことなんだな~と思って。「最近の子は公園に集まってDSやってるんだもんね…」って思ってたしそういう風に大人が言ってるのもよく聞くけど、公園に集まってDSもやるし遊具でも遊ぶよってことなんだな~と思って。

 

あとちびっこが算数の教科書を見せてきて「19-9がね、むずかしくてわかんなかった。だってこの問題せんせいが手をつかって計算したらダメっていうんだもん!」って言っててめっちゃかわいかった。私小学校一年生より前くらいからそろばん習ってて気づいた時にはそろばんが頭の中に入ってて勝手に暗算してたから計算で困ったことないから「19-9を手を使わずに計算するの」ってどうやるんだろ、むずかし!って思った。やり方教えてあげようと思ったけどわからんかった。私がもしそろばん習ってなかったら「いや手使わんと無理だろ!」ってなってたかもしれんなって。

 

みんなで学芸会の話したりしてるのもかわいかったし、中学生の子が嬉しそうに部活の大会で賞をとった話をしてくれたのもすんごい心あったまった。最後のほうはみんなから人気者になりすぎてみんなが私を呼ぶわ抱っこして走りまわってトイレの世話して…ってクタクタになりすぎて、「ちょい三分休憩させてお願い!」って座ってたもん(笑)ちなみにちびっこたちは三分が何秒なのかわからなかったみたいで一分は60秒だから60が3回で180秒だよって言ったら「わかんない!」って言われて「わからんよな、むずいよな、私たちいつからそんなことパッとわかるようになったんだろう?学びってすごいな、成長ってすごいな」って思った。だってさ、小学校低学年くらいの子たちが三分が何秒なのかわからないけど中学生くらい、まして高校生になって三分が何秒かわからない子って多分すごく少ない存在になっていくわけじゃん、その少ない数年っていう間に当たり前に三分が何秒かわかるようになってさ、大学を受験する頃には関数とかやるんだよ、すごくない?すごすぎん?その数年間ってすごいなって思った。人間すごすぎる。友達がちょうど教育実習してるって言ってたんだけどそういう学びの瞬間に立ち会えるってなんかすごいなって思った。私、小さい頃からなんでか知らんけど(多分先生に対してあんまりいい思い出がないのかも)どうしても学校の先生だけにはなりたくなくて全く考えたことなかったけどそういう職業もすごいな~そう考えると魅力あるな~って思った。

 

ちびっこたちの発言する一言一言がすんごい不思議でおもしろくて、「最近の小さい子は大人びてる」とかよく言われるけど全然ちびっこだった。すんごいみんなかわいくて魅力的だった。そんなちびっこたちを当たり前みたいな顔して育ててるお父さんお母さんたちも超すごいなって思った。あのちびっこたち(3歳から中3まで)とみんなで一週間くらい合宿したいくらい。めっちゃおもしろかった。

 

打ち上げが終わってからは三兄弟のお家に遊びに行って一輪車に乗ったり魚と遊んだりしてそれはそれですんごい楽しかったです。こういうのは一人暮らししてたらすることのない経験だからよかったな~。来年は運動会できるといいね!

 

いいこと嫌なこと

嫌な思いをしたことに対して「ムッカー!」ってなった後に「なんでそんなことすんだろう?」とか一回自分の中で咀嚼してバラバラに細かく噛み砕かなければ腑に落ちないタイプなので毎回単純にムッカーってなるというよりは先に「なんで?」ってなる。ていうかまじで私の生活に疑問が多いな、四六時中「なんで?」って思ってる気がする、そんな風にしてたら疲れんかな?(笑)

 

嫌なことあっても別になんとも思わん人もおると思うし、ムカッ!で終わる人もおると思うしそんな私みたいに「なんで…」とかそんなことやる人あんまりおらんかなって思う、私すぐ友達に「さっきの人なんであんな言い方したの?めっちゃ悪意こもってたと思うんだけど」とかいうから友達が「まぁまぁ、あのくらいはさ、考えすぎだって」みたいなこと結構あるんだよね。でも私は人に対して悪意を向けるのってどの程度のものであってもそんなに簡単に理由もなくやっていいのかな?って思う、関係を築いていない段階で、初対面の店員さんとかにそんなことするか?って思う。私は絶対できん。

 

というか私はそういう嫌な人に、生きていて会いやすいのかな?それともみんなは会っていても寛大に受け止めてるんかな?私が態度悪いからそういう人に会いやすいかな?(笑)でもやっぱり私だけこんな風なわけじゃなくてだいたいみんな同じくらいの確率でそういう人に会ってると思う。友達なんてみんなバイトしてるしさ。バイトとか一番遭遇しやすいじゃん。だから、やっぱ私が心狭いだけだなって思って、もうこういうのはやめよう、悪意のある言動を向けられても全然なんにも思わずになかったこととして寛大に受け入れて生きようと思ってたんだけど、さっき気づいたのが、嫌なことを意識すると好意を向けられた時に100倍嬉しいなって。

 

私、駐車場の受付のバイトしてるんだけどツイートでもしてたように今日愛護団体を名乗るおばさん集団が車でブーンて来て「駐車場500円になります。」って言ったら「愛護団体なんだけど。」って言って来て。口調がすんごい強いの。「私たち愛護団体でして、今日こちらで活動があるんですけど駐車料金って払わないとダメですか?」とか言われたら「一応一律でもらう規則になってるんですけど確認取ってみましょうか?」とか言うと思うんだけど、急に「愛護団体なんだけど!(タダにしろよ!)」って言われてもその口調もキツイし、言葉にしてない(タダにしろよ!)も、それはないでしょ〜って思う。私が「一律で頂いておりますので…」と申し訳なさそうに言うと(なんで申し訳なさそうにしなかんのかわからんけど、威圧的で怖かったからそうした)「愛護団体なのに!?」って言われた。ブツクサ言いながら払って入って行ったけどその後中にいる受付のおばあちゃんに「馬鹿野郎!なんで払わなきゃなんないんだよ!」と怒鳴って来たらしい。後でそのおばあちゃんが私のところに来て「お客さんに怒られちゃった」と悲しそうにしていた。なんでそんなことするの?と思う。交渉するにしてももっとやり方があると思う。あんな優しいおばあちゃんにそんなイカツイ態度するのはこっちも気分悪い。

 

その後「なんか腑に落ちんなー、愛護団体ってなんなのよ、人にに優しくできんのになにを愛護してる人たちなんだろ」とまたダラダラ考えてたら、農家のおじちゃんがきて車を停めて「お姉ちゃん、ずっとそこにおったらしんどいでしょ、見ててあげるからトイレ行ってきなぁ!」と言ってくれた。わざわざ私の様子を見にきてくれたらしい。

 

「さっき行ってきました!大丈夫です、お気づかいありがとうございます!」って言いながら私はめちゃくちゃ嬉しかった。つい数分前に悪意を向けられたばっかりなのに今度はそんな心遣いをしてもらえるなんてめちゃくちゃ不思議。自分が悪意も善意も向けられる存在であることが不思議だし、悪意を向けてくる人と善意をくれる人が数分おきに現れるのも不思議。

 

その後も車で通ったおばちゃんが「ご飯食べたー?明日体育祭でるの〜?頑張りんね〜!!」と声をかけてくれたり、お客さんにオススメのご飯屋さんを聞かれて教えたら「めっちゃいいね!行ってみますね!ありがとう!」と言われたのも嬉しかったしなんか知らんけどそういうあたたかみのある言葉がめっちゃ染み渡ってくるんだよね。

 

無言でブーンて侵入していく業者さんもいれば「おつかれさまでーす!業者でーす!入りますねー!」って入ってくる業者さんもいる。もしもみんなが「おつかれさまでーす!」って入ってきてたらなんにも思わんけど、無言で入って行く人たちがおるから声をかけてから入っていってくれる業者さんがいると嬉しい気持ちになる。

 

ヌクヌクの環境にいたらホッカイロなんてもらってもなんも思わんけど冷水をぶっかけられた後だからちっちゃいホッカイロくれたらめっちゃ心が安らぐじゃんね。だから私は嫌なことをちゃんと受け止めた上でそういうちっちゃい善意にもちゃんと喜びを感じていけたらいいなと思うことにした。ずっと良いことだけされてたらそれが当たり前になりそうだし有り難みもなくなりそうだし緩急あったほうがいいかなーと思って。

 

それと、言葉の最後に「ありがとー!」とか言われただけでちょっとでもいい気分になってもらえるなら減るもんじゃないし私はどんどん言っていくべきだなと思う、私の善意をどれだけ人に向けてもそれが擦り切れてなくなるものじゃないから絶対出し惜しみするべきじゃないし悪意はそんな簡単に他人に向けたらいかんと思う。悪意を向けるべき相手だとちゃんと結論付けてからするべきと思う。

 

というか意味がない。初対面の人にそんなことしても本当に意味がない。全然意味がないと思う。いろんな人に悪態ついてるような、いつもイライラしているような人をコーヒー飲みながら説得したいくらいだもん、「自分めっちゃ損しとることない???絶対人に優しくしたほうがお得だよ!!!」って。人にプレゼントあげたり、めっちゃ気ぃきくことしてあげたりするの苦手なタイプだしそういうことはできんけど、初対面の人に悪態ついたりするようなことは絶対しんどこうって思う。

「なんで勉強してるの?」を考える


10月になって久しぶりに大学に行ってやっぱり大学の講義ってなんか合わなくてびっくりした。合わないというか3年の後期だというのに講義の内容が本気で何にもわからない。わからなさすぎて食らいつきようもないし本当にどうしようもない。私だけが異様に勉強ができなくてポカーンとしてるならもうしゃーない、私の責任だなって思うけどあとで周りに「ねえ、わかった!?どういうことなの?みんなわかって聞いてるの?」って聞くと周りも「わからん」と平然と答えるところにびっくりする。わからないことに焦りが出たりどうしようと思っていた自分と違って周りはわからなくてもわかったような顔をして平然と話を聞いているように思えるのでそこがすごい。私はわからないと「ちょいまって!わかんない!わかんないからちょっととまろ!」と騒ぎ立てたくなる気持ちがずっとあるので講義中、心がめっちゃソワソワする。もっとすごいのはみんなそんな状態なのに半年後には卒論のテーマを提出して一年後には卒論を書いて一年半後には提出してるということだ。どうやったらそんなにうまくやれるのかわからん。私もきっと半年後にはうまくやってるんだろうけどうまくやっちゃっていいものなのかな?と思う。日常の講義の内容が一個もわからないのにそんなうまいこと卒論とか書いちゃっていいものなのかな?と思う。大学というものは不思議だなと思う。もちろん、本当にしっかり勉強していて学科のことについてすごく熱心に日々研究してる人もたまにはいるんだと思うからそ初々しい人にはぴったりだと思う、けどそんな人が何割いるんだろうかと思う。東大に入るような子がクラスにいて隣の席で同じ授業を受けていた時にもずっと違和感があったけどそん時はそれでも授業で起こってることが全くわからない、食らいつきもできない、なんてことは無かった。難しいし食らいついていくのに必死ではあったけどなんの話題で話してるかくらいはずっとわかってたような気はする。私はそんなわけわからない講義を聞くために2時間半かけて大学に行くのはなんなんだろうか、よくわからん。でもその内容を理解できないのは大学側から言われせば完全に私たちの問題なんだろうと思う。でも言っておきたいのはここの大学の入試は日本史でも受けれるしもっと言えば世界史が私みたいに破滅しても現社の点数で入れた。私としては世界史を勉強してこなかった人が多くいるであろうことが容易に予想できる状況で結構そっちも飛ばしてくるなという印象です。

それにしても大学の教授という人たちは知識の量がすごい、本がそのまま何百冊頭に入ってる。話をしているのを聞いてるだけでそれを感じる。頭にある情報が多すぎてそれを少しでも多く私たちに伝えようとしてくれてるんだなというのがわかる。多分大学の教授になるようなすごい人は大学生の頃にはすごい量の知識がすでにあっただろうし「もっと細かくて深くてかゆいところに手が届くような、自分では中々たどり着けなかったような情報を得たい」と思って講義を受けていたんじゃないかなと思う、過去の自分が知りたかったようなことを教えるだろうから突然それに見合った情報を学生に与えようとするのも理解できる。けど私には情報量が多すぎる。卵がどんなものか知らないのにポーチドエッグの作り方とか有名な卵農家を経営するおじさんの名前を一気にたくさんブァーと言われてるような感じ。私は卵ってどんな見た目をしてるのか卵がどんなものなのか、どうやってできるのか、調理法はせいぜいゆで卵と卵焼きと目玉焼きくらい教えてもらえればお腹いっぱいだ。それより先に美味しい卵を産む鳥の種類とかその鳥の育て方とか教えられても「だから卵ってなんなん」てならざるを得ん。卵のこと知っとけよ!と思われるかもしれないけど家庭科は勉強しなくていいですよ、って言われて大学に入ってきてるからそんなん最初から教えてくれよって思う。まぁ卵を知らんなんて人はおらんから例えが過ぎるけどさ、それを歴史上の人物とか事件とかで言われるともうわけわかんないの、これほんとに。でもあんまりにも教授たちは楽しそうに話をするし完全に魅了された人の目をしてるからなんも言えない。そのまま話をさせといてあげたくなる。

そんなこんな思って講義受けながら「うーん」ってなってたんだけど社会学の講義が親しみのある内容で、ヘイトスピーチについての講義だったんだけどヘイトスピーチってなんなんだとか、在日ってなんなの?とかそういうところからちゃんと教えてくれて実際にヘイトスピーチが行われているところの動画とか見たりして、それが結構衝撃的でびっくりしちゃって。ある人たちに対していかにも大人しそうな女の子が「ちょうしこいてると大虐殺するぞ!」とか叫んでるのよ、駅前で。私びっくりしちゃって。それで最後のコメントシートに「他人に対してそんなことが言えてしまうような状況に追い込まれるような動機の根元が知りたい。なんでこんな活動をするようになったのか、なんでその人たちをそんなに恨んでるのか、そこがめっちゃきになる」って書いたんだけど。なんかを学ぶ時ってその事について一回自分の中で真剣に考えてみることとかって一番大事というか、それこそが学びなのかなってちょっと思ってるんだけど。その時は私すごい考えちゃって。なんでかっていうと、ヘイトって朝鮮人とか中国人に対してされることがすごい多いんだって。多いんだってっていうかまぁ感じるじゃん、生きてて。ずっと「なんでそんなにみんな嫌うんだろう?」って純粋にその理由が気になってて。ちょっと前までは「なんで?」って思ってただけだったんだけど、私が中国語と韓国語を勉強して中国人の友達がいたり、韓国人の友達がいたり、もう友達とかじゃなくてすんごい人生で助けてもらったりとかすごいして。だからもちろん私は嫌な感情とかあんまりないんだけど、あんまりないというか、すごいフラット。でもさ、めっちゃ人に言われるようになったんだよね。「中国人やばくなかった?」とか言われるのよ。例えば他の国に留学したとして「パリ治安大丈夫だった?」とか「アメリカって夜危ないとかない?」とかは聞かれることあったとしてもさ「フランス人やばくなかった?」とか聞かれることってあるんかな?あるんだとしたらそれもそれで問題だけど、治安が悪いからそこの国の人全員やばいとかそんな発想あるんかな?あるのか。それより中国って都会は全然治安いいし、なんていうの?うちのお父さんとかもニュース見ながら中国人のニュースとかあると「人間性がなってないんだよね」とか言うのね、私そういうの「なんで?」と思うからなんでそう思うの?そういうこと言う時はもうちょっと気をつけていったほうがいいよっていつも言うんだけど、そういうことに触れる機会が最近増えてて。それでヘイトスピーチの映像を見てる時にすごい考えてちゃったんだよね、これはなんなんだろうって。

あと最近中国語と韓国語勉強してるっていうと「なんで英語じゃなくて?」ってよく聞かれるんだけど。純粋に「なんで?」って思って聞いてくれたら全然いいけど、その言葉尻に「なんでそんなことの言葉勉強すんの?」っていう皮肉を込めたように聞いてくる人っていうのがたまにいる。私がそう捉えてるだけとか、考えすぎだとかいうのは少なからずあるかもしれんけど本当に嫌な気持ちを感じる時があるのね。正しくその、訳もわからずヘイトを受ける側のような気持ちに少なからずなる。そうするとすごく怯んでしまう。いけないことをしてる訳じゃないのになんかすいませんと思う。そんですいませんと思ってしまう自分にめっちゃ嫌になる。だって怯まずに堂々と答えたらいいじゃん、けど私はちゃんとした理由もなくただなんとなくはじめてなんとなくこんなところまで来てしまってでもやっぱりなんか好きで目的もないけどずっと続けてる。特にそれを使う仕事に絶対に就きたいという気持ちもない。使う機会があって、それが成果になったら嬉しいだろうな、とかは思うけど。むしろ勉強量が足りてないのわかってるから生半可な気持ちで仕事にするのちょっと怖いくらい。だからちゃんと答えれないのね。「こういう目的と目標があってそのために勉強をスタートさせた。将来こういう仕事についてそこでこうやって活かしたい」って言えれたらいいのにと思う。そうやって堂々と言えるような、学びの理由が欲しくなった。

昨日、在日朝鮮人の女の子が主人公の「ジニのパズル」という小説を読んでいた。ヘイトスピーチの講義中にその本が頭に浮かんで講義中にアマゾンで買ったものが届いた。読みながらうたた寝をしてしまったら夢を見た。

私はハワイアンテイストなレストランのテラスでゴツゴツした木を繋ぎあわせたようなテーブルを囲んで女の人とお酒を飲んでいた。女の人はスーツを来ていて40歳くらいで綺麗な人だった。最初はたわいのない話をしていて、私も結構気持ちがほぐれていたので初対面ではなさそうだった。その女の人は私に聞く。
「なんで韓国語を勉強しようと思ったの?」
私はいつもみたいに上手く答えられずに「好きだからですかねぇ、なんか性に合うんですよね、韓国語の勉強」と濁すように答えた。
「目的はないの?」
そう聞かれてまた言葉を濁し、笑ってごまかした。
すると突然お母さんがやってきて隣に座ると「やだ久しぶり!」と女の人に挨拶した。二人は仲のいい間柄のようで話し込んだいたので私はトイレに立った。トイレを済ませて戻ってくるとお母さんはその女の人と韓国語で会話していた。私はびっくりしてお母さんに聞く。「え!?なんで韓国語話せるのお母さん」
お母さんは笑って答えた。
「だってお母さん、ハーフだもん。知らなかった?」
私は知らなかったと答え、すぐに考えた。
私が韓国語を勉強し始めたのはお母さんの影響だったんだ、血がそうさせたんだ。そうだ、これはお母さんの血が私に影響を与えてたんだ。

そこまで考えたところで私は目を覚ました。
もちろんお母さんは純日本人だし日本語しか話せないけど突然そんな夢を見たので本当にびっくりした。そこまで自分がこの言語を勉強する理由が欲しいんだな、私は。「血」という一番わかりやすい理由を求めるほどなんて。

この話にまだオチはないし答えが出た訳じゃないんだけど、就活するときに嫌っていうほど「なんで中国語?」「なんで韓国語?」って聞かれると思う。そのときに私がちゃんと話せるようにしとかなきゃなと思う。もしかしたら大学の教授たちがそうであるようにただ魅了されたというのが正解なのかもしれん。「なんで?」も質問してくる人たちの心にヘイトの気持ちがなければ胸を張って「好きだから」「魅了されたから」と言えばいいだけなのかもわからん。すんごい簡単なことだ。

考えて書く

悩みは少ないけど考えはかなり多いタイプだと思う。

人がどれくらい考え事をしていてどれくらい自分の中で答えを出してスッキリしてっていう流れで生きてるのか私が他人になって体験することはできないからそんなことはなんとなくの感じでしかないけど人よりは多いんじゃないかなあと思う。

朝起きてお母さんがする言葉一つにもひっかかりがあると「う~ん」となるし、ニュースを見てて親近感のある話題が出るとまた「う~ん」。電車に乗っててもちょっとしたエピソードに遭遇しても「う~ん」と何か考え始める気がします。これは悩んでるわけでもないし、そこで出た答えを「これだァ!!!」と叩きつけるわけでもなくて自分の中でモヤッとしたものをいったん整理しておきたいなっていうだけなんだよね、整理しておきたいというか一応すっきりしておきたいというか。文字にしながら考えをまとめてるんだよね。

 

こういうのってもう小学生くらいからずっとやってて、ノートになんか書いたり(もちろん発見した瞬間に廃棄処分)ブログ書いたり(もうどこに存在してるかもわからんけど存在してるからこわすぎ)日常的にやってたわけで。もうTwitterができてからは長々と文章にしなくてもそん時にちょっとずつの文に突発的に気軽にいつでもどこでもできるからもっぱらTwitter。こんなに続いてることある?ってくらい毎日コツコツ(ポジティブな捉え方)やってるのが不思議なくらい。

 

でもバァーってツイートした後に毎回めっちゃ反省する。ミュージシャンとかがよく「生活において曲を書かずにいられない」って言ってるのを見るけどわたしも次元やレベルが全然違うけどなんとなくわかる、わたしもそんな感じで生活において自分で考えたことをいったん文字にしないとなんかずっと気持ち悪い。けどさ、こんなにTwitterやってる人いるのにだいたいの人が見る専門じゃん。私の中では見るためのTwitterというよりは文字をおこすためのTwitterっていう認識だったからタイムラインにいない人から秒速でファボの通知きたりすると「え?見てたのん?」ってなる。それで、「あぁ、世間の子たち、特に女の子たちはこんな慎ましくネットでおかしな発言せず生きてるのになんでわたしはできんのよ、絶対嫌に思われてるわ、自己主張激しすぎる嫌な奴と思われてるわ」と思う。そんでめっちゃ反省する。もうTwitterをやめようと誓う。(三分でその考え忘れるけど)

 

だってさ、小さい頃から自分の強い意見を持ってる人はちょっと嫌な風に見られる風潮がずっとあったじゃん。少なくともそれが影響してわたしは道徳の授業で発言するの嫌いだったし自分の中の考えは人前で発言せずに(まあしちゃってたかもしれんけど)発言した10倍の量を感想カードみたいなのに書いてた。急に思い出したけど音楽の授業で「音楽ってなんだろう」ってことを話し合う授業があって自分なりにすんごい考えて「食とか家とか服とか優先順位が高いそういうものに関連して美術面が発展するのはわかるけど、優先順位が低そうな音楽がこんなに発展してみんなの生活に欠かせないものになってるの不思議すぎる。音ってもの自体にに形がないのにこんなずっと続いてるのすごすぎ」って書いたら先生からのコメントで「????」って書かれてたのすごいショックだった覚えある。しかもそのハテナのコメントが書かれてる状態で勝手に後ろの壁に掲示されててめっちゃ恥ずかしくてどうやって濡らして紙をダメにするかめっちゃ考えてたこともある。考えて文字にしてみるのはすんごい好きだったけどそれが人に「?」「なにいってんの?」ってされたり掲示されて「恥ずかし」って思われるのがめっちゃ恥ずかしかった。小さい時から音楽とか美術とか文章書くとかそんなことばっかり好きでずっとやってたけどどっかでずっと恥ずかしいなと思ってた。恥ずかしいからどっかでやめたい、なんでこんな恥ずかしいことずっとやっとんだろって思ってた。けどホンモノの芸術家や音楽家はいつだって憧れだったしなんだかんだ書くことだけはずっとやめられんかった。

 

何回も言うけどこういう文章を書いて誰かにどう思われたいとか公開したい自己顕示欲がすごすぎるとかじゃなくて、公開されて人に読まれるもの、つまり自分のものでなくなった時に昇華するというかその時点ですんごいスッキリするからしてる。でもずっと恥ずかしい。できればやめたい。「あの女長文のブログ書くタイプの女だよ」とか絶対思われたくない、思われたくなさすぎるのに考えたことを文字にして昇華させるまでの行為をできないことのほうがめちゃくちゃストレスになる。でもやっぱりリスク高すぎるから好きな人できたらその人に知られる前にTwitterもブログも削除したい。めっちゃ嫌。ネットやらない人と知り合いたい。(無理)私はaikoが結婚するまで全然安心できない。aikoは結婚しないしYUIは心の病気になってしまったって聞いたし宇多田ヒカル浜崎あゆみも外国人の旦那さんだしチャットモンチーのえっちゃんもYUKIも旦那さんはバンドマンじゃないか!表現したり歌書いたりしてるわたし青春時代の女の人たち普通の会社員とかとしか結婚してないんだもん。わたしが外国人にもバンドマンにも出会う機会ないから…。しかもわたしのような人間がなんか書いたりしてたらめちゃ見栄え悪そう。この女性アーティストの話は偏ってる自覚めっちゃあるけどなんていうか、この感じを伝えたい、ほんとリスクすごそう。

 

今までずーっとそうやって思って生きてきたんだけどこの前友達が酔っ払った時に何を話し始めるかと思ったら「あんたはブログを書け!Twitterやめるな!文章とにかく書いてくれ!」と涙ながらに懇願してきた。本人覚えてないと思うけど。彼女がなんでそんな必死に訴えかけてきたかって、自分は考えたことを文章にできん、映画みたりおいしいもの食べたり、なにか体験したときの感想が単語でしかでてこない、そんな風に自分が考えたことを言語化して整理することができないから本当に羨ましくてしょうがない、っていう理由だったらしい。本人覚えてないと思うけど。正直に言うとすんごいびっくりしてしまって、その時も「恥ずかしすぎるからもうやめる、こんなことやってる人周りにおらんしとにかくやめたいのにやめれなくてしんどい」と言ったら「やめるな、むしろ頻度を増やせ!もっと意識して文字を書いていけ!」と言われた。普通に言われたら「恥ずかしすぎて死ぬ」と思うけどすんごい熱こもってたしそんな姿見たことなかったから素直に「ありがてえ」と思った。

 

そういうのは違う子にも言われたことがあって、その子はなんか書くたびに連絡してくる。その子にも「もっと書け」としつこく言われる。そいえば高校の時に文化祭のテーマソングを作った時にもある仲良しの女の子がずっと「めちゃいいからもっと何曲か作ってくれ」と言われてそん時は恥ずかしすぎて「その話題ださんで、お願いかんべんして」と心で思ってたんだけど(ほんとごめんね)成人式の打ち上げみたいな時にバックでまたそれがかかっててその子がまた「もう何回聞いてもめっちゃいい、いまだにダウンロードしたやつ聞いてる、次のやついつなの?作ったけど教えてくれてないだけなの?」と言ってくれた。その時わたしは「誰だよ許可なく流してるやつ!帰ったろうか!!!!」と思っていたので反省したしさすがに「そんな風に思ってくれる人がいるなんてありがたいな」と思った。

 

この間韓国で「神の遊び」というエッセイ本を買ってきて読んでいる。

イ・ランさんという、歌手であり芸術家であり漫画家であり映像作家である女の人が書いているエッセイ。なんで買うに至ったかというとその人のインタビューをなんかでたまたま目にしてその文章を読んだ時に「あ、わたしこの人のこと絶対好きだ」と思ったからで、その本を目の前にしたら装丁からデザインからサイズ感から、「もう絶対この本好きになるな」と思った。そんで読んでたんだけど、すんごいおもしろくて、「やっぱ芸術系に生きる人たちって世界ちがいすぎ!」ってとこも結構多いんだけどその中で「あ~~~~」ってなる部分があったのとそれに対する日本語訳をちょうど発見したから載せるね。

 

【付属長編エッセイより抜粋】

人生のさまざまな要素のうち、私は楽しさを最優先に生きてきた。愛に満ちた人生、幸せな人生がどんなものかはよく分からない。私にとっては、楽しい人生こそが最善の形らしい。でも、楽しい人生とは、いつも笑顔で踊り出さずにいられないようなものではないと思う。むしろ眉をひそめた表情に近いもののような気がしている。例えばこの文章を書いている私の表情みたいなものだ。考えたことを字で書き、また考え、煮詰まったら友達とおしゃべりして、再び考えを整理して書く。この文章の題名を考え、どんな挿絵をつけるか悩む。そうして完璧な1ページをつくり出す気分が「楽しい」のである。考えることが、それを話すことが、歌うことが、そして書くことが楽しいのだ。

http://www.sweetdreamspress.com/search/label/Lang%20Lee

 

エッセイを読んでいたら日本語が堪能なこともわかったし、日本にすんごくよく来ていて日本の友達も多い人だってわかったんだけどそれゆえになんか親近感もあってするする読んでるとこういう「ハッ!」って文章が出てきたりする。

この文章を読んで「あ~でもわたしもなんだかんだ楽しいからやめられないのかもしれないな~」と思った。ずっと「すっきりするから」とか「しないとモヤモヤするから」って理由をつけてたじゃんね、それは多分「恥ずかしい」っていう謎の意識が「楽しい」と思うことをやめさせてたと思う。「楽しい」と思ってしまったらなんとなくダメなんじゃないかという。だけどこれを読んで「楽しいからやめられないのかもな~」と思ってしまったからもうこれは認めざるを得ないし、その認めたものをまた書かずにはいられないし、なんなら友達たちが「もっと書け!」っていってくれてるくらいだからこれからは楽しくもうちょっと頻度をあげて書いてみてもいいかもしれないな~と思ってきてる。

 

ただわたし、寝ると考えたこと忘れがちというかぼやけちゃうんだよね。だからキタ!と思った時に書かないといけないんだけどさすかにこの量をスマホで打つのもやだし、いつでもどこでもパソコン持ってたらいいのに、と思うけど今のパソコン重いからそこが悩み。早くバイトして軽いちっちゃいパソコン買わなきゃ。

 

またすぐになんか書くと思う、今日はおやすみ、また明日!

インターンシップ体験記

この記事はインターンシップを終えて30分後に近くのカフェで書いてます。感想ほやほやです。

 

 

 

 

 

 

 

就活就活就活、この二文字を目にするたびにびっくりしちゃうよね。なんか、スンゲーでかい壁がドォォーン!って目の前に出てきた感じ。
知らない間に気づくとなんてことない顔して壁の向こう側で遊んでる人もいるし壁にバンバンぶち当たってボロボロになってる人もいるしそんな仲間たちを一年遅れで遠くから見て単に恐怖心を掻き立てられるばかり。なんだかんだ最終的にみんな壁の向こう側に行くものだからどんなやり方であれどんな精神状態であれいつかわたしも超えるんだろうな〜。という漠然と立ちはだかる就活。

何が嫌ってもうなんかよくわかんない。就活説明会とかいっても就活の流れとして3月に解禁して説明会にいって面接を受けて6、7月に内定です。みたいな、知っとるわみたいなことしか教えてくれないし、じゃあなにしたらいいの?って聞いたら「自分の能力を高めてる自己分析する」とかそんなもん8才の頃からやっとるわみたいなことをフワッと言われて、しかもなんかこっちがビビっちゃうようなことばっかり吹き込んでくるじゃん。立ち振る舞い講座とか就活メイク講座のチラシが飛び込んできたりさ、結構高額なのに「結構みんなこういうことちゃんとやってるから来ないと出遅れて一生を棒に振るよ!」みたいなテンションでうたわれてたりするから友達のうちの誰かが「ギリ払える値段だし行った方がいいのかな…」とか言いはじめたりするじゃん。私、12歳くらいのころからずっと化粧に関心を持ってお金かけて試行錯誤して生きてきたけど就活メイク講座でそんな簡単にわたしを綺麗にされてたまるか!こっちは年季の入ったブスなんだよ!わたしの年季の入った猫背をその立ち振る舞い講座で直してくれるのか?!それでレディーになって就活にも成功してかっこいい旦那さんと結婚できるなら払うけどな!わたしを舐めるなよ!!

履歴書の写真は数万円かけてきれいな写真館で撮ってもらって、しかも人気なところは何ヶ月も前から予約しなきゃいけないとか、安っぽい写真だとそれだけで落ちるとかそんなことばっかり吹き込まれて不安だし都会に出たいならウィークリーマンションを借りるだとか聞いただけで「わかんないわかんないんなにそれ怖い!」ってなるしTOEICが800以上ない外国語学部生は死ぬとか英語以外にも最低1カ国語以上いるとかSPIを勉強しろだとか日経キーワード550を読んだ方がいいとかもうそんな!さ!!!できないよ!!!!パニック!!!総合?一般?商社?オープンES?MD?内々定?何語?カセットもCDもMDも通って生きてきたけどそれじゃないよね?

ということもあり「就活」という話題を出されただけでゲキ鬱状態、近所のおばちゃんなんかに「就活の年ね〜」なんて言われたら死んだ魚の眼で相手を見ていた(失礼)のが一ヶ月前までのわたしです。

最近親にも「あんたはどんな仕事を考えてるの?」なんて聞かれはじめてそろそろなんかしてみるか〜とマイナビをちらりと見てみるとインターンシップのお知らせがもうすんごい。

あんまりにも知らせてくるもんだから気になってくるしとりあえず行ってみるか…ということで3時間のワンデーインターンシップに申し込みすることに。

あれだね、インターンシップって一括りにしてもセミナーみたいなのからしっかり働くのから時間だって3時間から一ヶ月までさまざまだしもう無茶苦茶だよね。一括りでまとめるのよくない気がする。インターンシップっていう横文字なのもハードル上がって嫌だし。マイインターシップの映画のイメージして震えてたわい。

わたしが選んだのはある小売会社の(小売って普通にお店やさんのことらしい。お店やさんっていえよ!)MD体験セミナー。(MDとはバイヤーのことでバイヤーのはお店やさんで売るものをどっかから買ってくる人のことらしい。バイヤーって言葉があるならMDって言葉作るな!)

インターンシップの説明文に「プレゼンテーション」とか書いてないものを必死に探し(プレゼンテーションっていわれるとハードル上がるから簡単な意見交換発表とかって書いて欲しい)それでも応募ボタンを押す指が震え、友達に連絡し「3時間の話聞くだけっぽいインターンシップなら行くべき?ねえ?どうなの?私服なの?スーツなの?雰囲気どうなの?オラオラしてる人たちに飲み込まれたりしないの?変な影響受けて絶望したりしないの?」と質問しまくり「いいからとりあえず行ってこりゃええやん」という友達の後押しを受けてやっと応募したこのインターンシップ

会場近くにスーツを着ている就活生っぽい子を何人か発見し「私服でお越しくださいって書いてあったよな!?」とサイトを確認し、「インターンシップ 私服 何着る?」とかで検索し「私服と書いてあってもスーツで行くよね〜」みたいな書き込みを発見して会場入り口で絶望、もつ帰ったろうかと思ったわ、電車賃往復で2500以上するのにさ………。。(ビビりすぎ)

もちろんミニスカートなんて履かず、黒のスキニーに白のシャツっぽいデザインのトップスに黒の控えめなパンプスで着たものの、会場に入ると結構な数のスーツの子達…。「全員年下、全員年下」と心で唱えて席に着くと隣にかなりラフな服を着た女の子が!もし彼女がいなかったらわたしはビビって帰ってたな…。。。てか私服で来いって言われてんだから私服でこいやばかたれ!!!!!

小さい会議室みたいなところに島ごとに固められたテーブルが4つ、各テーブルに5つくらいずつ椅子が置いてあり、好きな場所に座ると書類を渡されて基本的なプロフィールや長所や短所などを軽く書きました。

時間になると感じのいい男の人が入ってきてインターンシップがスタート。

内容としては前半が就活についての説明、後半が実際の仕事内容の説明とゲームを通してそれを体験みる、って感じのものでした。

インターンシップを進めてくれる会社の方がかなーーり柔和で笑顔の素敵なお兄さんだったのでリラックスして聞けたけどもっとガチガチな人が来てたら緊張しすぎて途中で寝たかもしれんな…(緊張で眠い)

テーブルの配置からもわかるようにグループになってなにかを行うことが多くて最初の自己紹介とか震えちゃったなー。

ちなみに、自己紹介開始してくださーいって言われてから「えっと…誰から……あれ…あ、どうしよう…えっと…」って雰囲気になるとそのグループは最後までしんどい空気が続くので男の子がためらわず自己紹介スタート!って言われた瞬間に「じゃあ僕からいくね!」と明るくはじめるといいと思います…。そうやって開始した男の子めちゃくちゃ印象良かったもん…女でもやればいと思うけど男の子にはそうすることをオススメします…。。

声のトーンと顔のおかげで第一印象がまじで悪いので明るく話そうとしたけど緊張でもっと低い声がでたわたし…りゅうちぇるになりたい。

その後前に座ってる男の子と模擬面接(という名の面接ごっこ)をしたりしました。

その中で1つ気になったのが「もし1億円当たったらどうする?」という質問。セミナーの講師の方が人事部の人だったのですが「この質問でなにを見ているかというと使い道の方向が自分に向かっているかということを見ています。自分に向かっている人は向上心があるので。本音を答えることが面接ではないので面接官がなにを見ているかを考えてそれに合った答えを嘘でもいいから言うことが大切です」と言ってたんだよね。

わたしは「とりあえず最初は家族のために土地と家を買ってあげたい。あとは貯金したい」って言ったんだけど他人のために使うと向上心ないと思われるのか〜。それは違うんじゃないか〜?一億円全部自分に使う人間やだなぁ〜。一億円当たって貯金せずに全部使おうとする人間超やだな〜〜〜〜。貯金しようよ22歳だし老後不安だし〜。と思いました。貯金することで興味があることを見つけたときにすぐそこにお金を使えるからフットワークが軽くなるや〜〜〜ん、それで貯金て答えるや〜〜ん。と思いました。「どうする?」って言われたからどうするか答えてるのにそれだけじゃ足りないとか言われたり長く話すと長いと言われたりほんと勘弁して〜。とは思った。それと、「自分を動物に例えるなら?」って質問からなにを見てるかって「長所」を見てるらしいんだけどそれなら長所をストレートに聞いてほしいよね。ストレートに聞かれたら真摯に答えたいけどそんな変な質問されたらこっちも変なこといわなあかんかな、と思うよね。「ゴリラです!ブスなので!」とか言いかけるわ。そういうことじゃないんか?ただ私たちの世代の女の子は「自分を動物に例えるなら?」とか馴染みのある質問だよね。そう、大流行のプロフィール帳ー!!!!!!!おもて面に書いてある「わたしの名前は●●であだ名は●●。みんなには●●な性格ってよくいわれて動物に例えると●●かな???好きな人は●●!」というアレ……右上には自分がかわいく写っているとっておきのプリクラを貼りましょうね………好きな人の欄には「ヒミツ!」と書くのがお決まりです…………裏面には「かっこいい人」「かわいい人」「お兄ちゃんみたいな人」などを書く欄があるので好きな男の子がいる場合「おもしろい人」のところにその人の名前をこっそり忍ばせるのがオススメです…………(黒歴史)

あれ、なんの話してんのよ

元に戻って自己分析の仕方とか教えてもらったんですけど腑に落ちる感じではなかったのでボーッと聞いてたら隣の女の子に「大丈夫?わたしの筆記用具貸そうか?」と言われました。筆記用具くらいは机に出しておくべきだったな…ちなみにノートを出して見返してみたら「商品棚において目線の高さで右側の場所は一等地というらしい」「MDはバイヤー」とだけ書いてありました。日本で22年間生きてきたけど知らない単語ってたくさんあるんだな…。。

後半はグループで棚に商品を並べるゲームみたいなのをやりました。右は売れるから目玉商品の歯ブラシおこうぜ!もうすぐハロウィンだし上の棚にはハロウィンのパーティーグッズ置こうぜ!みたいな。私、自分はそういうの積極的に参加できないタイプかなと思ってたんだけどわりと司会進行してて笑っちゃった。みんな意見は出すんだけど「じゃあそうしよう!」とか決定することをしたがらないのでわたしは意見は出さずに「どう?」「いいね!」「じゃあそれに決定して次はどうする?」「わたしこれやるからこれやってもらえる?」みたいなことをすんごいやってた。学級委員かよ……わたしは割とアイデア出すのに時間かかるタイプだからああいうときに意見求められるほうが苦手なんだけど意見を持ってても言えないとか決定できないとかそういう人のが多いのかな〜と思った。みんな聞いたらどんどん答えてくれるから超楽だったもん、わたし「それにしよ!決定」とかいうだけ(笑)

 

あ、そうそう、物の値段を当てるクイズとかもあったんだけどDHCのリップが出てきて「アマゾンでも550円くらいだから安くても400円後半だと思う!」って主張し続けても男の子たちが「そんなたかがリップに!というかそんな高いリップ誰が買うの?」と言っていてあるこは「98円くらいじゃない?」って言ってたので男の子たちは女の子が月に化粧品にかけてるお金聞いたら気絶するんじゃないかな?となんとなく思いました。そういう認識なんだな〜。わたしこの前1280円のリップ欲しくて買いかけたのに…。。

 

まぁなんか、思ったよりすんごい楽しくて、為になったというか、なんていうんだろ?直接的にためになるのかはわかんないけど一回そういうところ行くとわたしも「総合職にする?」「一般職にする?」とか言えるようになりそうです。インターンシップ行ってなかったら「小売」とか言う自分に対して「ケッ!知らんくせに気取るな!」と思ってたと思うけど…。。

今回わたしが行ったインターンシップがガチで働く系のやつではなかったからそういうのはわからんけどワンディインターンシップ!とかがいいタイミングで行きやすい場所であったら行っといても損はないかな〜!という感想です!

今度は「各グループでプレゼンテーションを行い、最優秀チームの企画を本社に提出します」みたいな文章読んだだけで震え出しそうなインターンシップにも怖いもの見たさで行ってみようかな〜と思います。今までは「グループワーク」った書いてあるだけで「めちゃ嫌!」と思ってたけど一回体験したからか「グループワーク」って言葉も大丈夫になりました。てかグループワークとか言わずに「近くの人と話す」とかにしてほしいわ、なんか横文字ビビる。なんならインターンシップっていうのもやめてほしい。

そんな感じで長くなったけどわたしの初インターンシップ(3時間)体験記でした。誰かの参考になればさいわいです。

最近読んだ本感想

暑いですね。野外駐車場の料金を貰うバイトをしているので

毎日暑さでぐったりしています。というかめちゃくちゃ焼けた。

22年間守り続けてきた「外に出ない」が完全に崩壊して手の甲とか普通に真っ黒になってる。白くするのは大変なのに黒くなるのはこんなに一瞬なんだね…。つら…。

 

バイト中基本的に外で椅子に座って車が来るのを待つだけなのでなにをやっててもいいというか、かといって6時間半携帯触っててもすぐに飽きるし曲を聞いていてもなんだかんだ飽きるしANNだとしてもラジオは一日に三回半くらい消費しちゃうしでとにかく時間がありあまって暇なので(だけど時給良い)本を読んでたんだけどおもいの他たくさん読んだのでここに一応メモがてら…。

 

1.西加奈子「サラバ!上/下」

本を大量に買って大量に消費して「無理~読む本もないし買うと高いし運転できないから図書館にいけないし無理~無理すぎる~」とゴロゴロしながら嘆いていたら弟が西加奈子の本だったら僕も読みたいからメルカリで買ってあげるよ、給料でたし!(メルカリで買うところがいかにも節約家の弟)といって買ってくれました。サラバ!が読みたいのに上下巻だしハードカバーだから高いしそれ買ってお願いお願い~~~と言ったら二日後くらいに「その段ボールお姉ちゃんのだから開けていいよ~」と言われ開けるとめちゃくちゃ状態のいい本が二冊入ってました。ありがとう弟!!!本当に状態が良くて読んでいてもなんの汚れもないし、栞みたいな紐も使った形跡がなくぺしゃんこのままだったし表紙とかの状態もあまりにもいいので「売り手のかたはちゃんと読んでから売ったのかな…?読まずに売ったならもったいなすぎる!こんなおもしろい本!!」と思ったレベルにめちゃくちゃおもしろかった。帯に若林やら又吉やら林檎ちゃんやら角田光代やら朝井リョウのコメントが載っていて帯見ただけでもめっちゃ気になる!はやく読みたい!となる感じ。それにしても一冊が結構分厚いし上下巻あわせると結構な長さになるので飽きずに読めるかな…と思ったんだけどなんてことなかった。一日目に上巻と下巻の半分まで読んで二日目の午前中には全部読み終わってた。それくらいおもしろかったからどんどん読み進めちゃった。ストーリー展開がない物語が苦手な人には上巻、下巻の途中くらいまで結構退屈に思えちゃうかもしれないけど、例えば主人公の生き様の過程を丁寧に追って行ってくれてその時の心情や周辺人物の描写を丁寧に書いてくれて短めのエピソードがどんどん語られていくタイプの話が好きな人はかなり引き込まれる気がする。下巻の中間からなにやらソワソワしてきて気を抜くとうっかり泣きます。帯に若林からのコメントで「30代のクズを救えるのは、日本で西さんだけ。マイナス思考の私が泣きましたから。」と書かれてるのを見ていたので「泣く話なのかな?」と思いながら読み進めていても「う~ん、泣く雰囲気じゃないんだけどこれからどんなことが起こるんだろう?」という感じでなんだかんだ下巻の終わりの方まで行ってしまって「あれ~?」と思っているとある場面でうっかり泣いた。「あ~こういうことか~!」という感じ。泣いたといってもその時わたし、美容院でパーマあてられてた状態だったから必死にこらえてちょっと流して読んだ(笑)だからもう一回読み返したいな~。でもわたし、同じ本を何回も読むのがすんごく苦手で何回も読み直した本って数えるほどしかないからちょっと手がとまってる状態…。一回目は勢いで読んだけど二回目この長さに耐えられるか…。でもこの本、おすすめです。

 

2.窪美澄ふがいない僕は空を見た

古本屋でぼ~っとタイトル眺めてたら見覚えのあるタイトルで、なにかな?と思ってたんだけど映画が話題になってたのを思い出して買ってきた。読み始めて「あ~!コスプレのやつだ!」ってすぐ映画の予告で見た場面を思い出した。一個目の話でちょっとびっくりしちゃったんだけど三番目の話なんかはうっかり泣きかけた。(涙腺弱い)一個一個の話にわりと社会的な問いかけみたいな問題がうまく挟み込まれていて(もちろん話を読んでる時は物語の流れにひきこまれるけど)各章を読み終わったあとに「う~~~~~~ん」となる感じ。作家さんは広告制作会社勤務後、出産を機にフリーの編集ライターって書いてあった。なるほど、文章がめちゃくちゃ読みやすくておもしろくていいな~他の本も読んでみようかなと思った。見つけれてよかった!お気に入りの作家さんになりような予感がするので別の本も読んでみる!

 

3.朝井リョウ「時をかけるゆとり」

同作家の「何者」をこの前読んだらすんごいおもしろくて(おもしろいっていうか衝撃だった。面白いっていう表現でいえば全然面白くなくてむしろ読み終わった後落ち込んだ…)他の本が気になっていたところエッセイが弟の部屋にあったので「読んでいい?」と言ったら「僕それ読み始めたんだけどエッセイだって知らずに買ったし長くて途中で読むの辞めた」と言ってた。読み始めたらなんというか「こいつ~~~!」という感じだった。賢いし文章も書けるしちょっと俯瞰してますよ~みたいな感じを出しつつ普通に大学生らしいこと全力でやる系の大学生じゃん~ただの早稲田大学の大学生や~~ん!ってなりました。エッセイとしておもしろいかおもしろくないかで言われたら普通におもしろいんだけど割と普通に大学生あるあるって感じで大学生が読んだら友達のブログ読んでるみたいな感じになる気が…。でも解説で作家の光原百合さんって人に「かなり素敵な世代」というタイトルで大絶賛されていて「とにかく面白い、おかしい。何度も噴き出しながら読み終えた後、心がほんのりと晴れている。」と書かれてたので年代が違う人が読んだらめちゃくちゃ新鮮な世界に映るだろうしそういう感想を持つのかもしれない。あんな社会派の鋭い小説書いてる朝井リョウのギャップ!みたいな感じで見たらおもしろいのかもしれないけど、超おもしろかった!!!ってほどではなかったかも…。大学生ってみんなこんな感じだよね…。てかわたしの友達たちとかエッセイ書いたら超おもしろそうだよね…。おもしろエピソードありまくりだもんね…。

 

4.リリー・フランキー「女子の生きざま」

続いて古本屋で買ったリリーフランキーのエッセイ。1998年発刊のエッセイなのにめっちゃおもしろくて読みながら笑った(笑)なんで女の生態をこんなにわかってるのか聞きたい(笑)今この小説に書かれていることを例えばテレビとかで発言したりしたらネットが大荒れになるだろうなということがめちゃくちゃに書かれてるけどあながち間違ってないから笑える。って感じ。女性問題とかジェンダー問題に関心がある真面目な人が読んだらブチ怒りそう。最後まで読めないと思う(笑)前日に朝井リョウのエッセイを読んだあとだったのでさすがエッセイのプロは格が違うな…と頷いてしまった。朝井リョウのエッセイが「就活」とか「SNS」とかそういう単語で溢れているとしたらこのエッセイは「ガン黒」とか「ルーズソックス」とかいう単語がめちゃくちゃ出てくる。(エッセイの前半でガン黒が流行っていなくて後々流行っているのも時代を感じる…ガン黒が流行る前から書きはじめられてるなんて…!)そんな古すぎる単語が並んでいるのにめっちゃ共感してめっちゃ笑えるところがすんごいなと思った。最後まで楽しく読んだのに、あとがき1(初版のあとがきと文庫本版のあとがきで2つあとがきがある)の最後が「こんな本のあとがきまで読んでいるようじゃぁ、キミもまだまだ幸せが遠いかもしれないと、先生は少し心配しています。」と締めくくられた上、あとがき2では「夏目漱石を読む女子とこの本を読む女子とどっちの女子がいい女子かといえば、どっちもダメな女子ですね。本なんか読んでるヒマがあったら、町に出て、カリカリ梅を食べるべきです。それでは、また。」と終えられている。しかもそれが2000年8月に書かれているもので「16年越しに言われたのにめっちゃ響くやん…」とちょっと切なくなりました。16年越しにこんな本読んでる女子はどうですか…(答えは聞きたくない)

 

5.山崎ナオコーラ人のセックスを笑うな

中学生くらいの時に読んだような気がして古本屋で見つけたのでまた買ってきて読み返した。今は好きな作家を挙げろといわれたら絶対に「山崎ナオコーラ」の名前を挙げると思うけど当時はこの作家のことを意識せずに読んだな~後で「あ、あれも山崎ナオコーラのだったんだ!」と知った。当時は映画もめちゃくちゃ話題になってて(あの時まつけんめ~っちゃ大好きだった。し、蒼井優も大好きだったし永作博美も超憧れてた)何回も映画見たけど小説はそんなに印象に残ってないんだよな~。今回も読み直したけど普通に普通だなと思っちゃった。けど、山崎ナオコーラの小説の恋愛ってふわ~っと別れて終わるから結構好き。なんだかんだ一番好きな本は「長い終りがはじまる」だな。人のセックスを笑うなは大学生の男の子がめっちゃ年の差の先生と付き合う(?)話だけどあんまり現実味ないというかあまりにも映画っぽい!でもわたしが好きなやつはクズ大学生の音楽に詳しい男の子とダラっと恋愛しちゃう話。結局だらっと別れて終わるけど。そういう小説とか漫画めっちゃ好き~~~~(あかん)

 

6.村上龍「逃げる中高年、欲望のない若者たち」

いかにも好きそうな作家なのに読んだことないんだよね。コインロッカーベイビーズも限りなく透明に近いブルーも半島を出よも。あ!!!!読んだことあったわ!13歳のハローワーク。丁度発売されたその時12歳くらいで、朝会で学校の先生が紹介してたの見てすんごい欲しくて。12歳の自分にとって13歳っていうのがタイトルに入ってる本を今読んで置かなくちゃだめな気がしたんだよね。んで本屋さんに行ったらすんげー高いの。3000円くらいするんだよね。んで、自分のお小遣いで買えなくてお母さんに何回も頼んで買ってもらった記憶がある。開いてびっくりしたんだけど小説じゃなくていわゆるちびっこ向けの職業図鑑だったの。それでがっかりした覚えもある。けどなんだかんだ興味のある仕事を見つければすぐその本開いてたな~。わたしの興味分野はなんだかんだ「正しいルートはない」とか「狭き門」とか書かれてて全部絶望してたけど(笑)それで、これはいわゆるエッセイ?エッセイではないか。短めの社会評論みたいな感じの文章がブワーっと載ってる感じ?でもすんごいおもしろくてもっと読ませてくれ~って感じだった。これも2000年も本なんだよね。社会評論なのに16年経っても読めるってすごいな~って思って。16年たってスマホやネットが普及してどんどん変化してるけどそれでも批判されるべき社会の本質はあんまり変わってないのかなって思った。この本のいいところはなんといっても装丁がめちゃくちゃきれい。読まなくても部屋に飾っておきたいくらい洗礼されてて、わたし本についてるブックカバーっていうの?表紙とかの部分、あれ捨てて読みたい派だから(売るためにとっとくけど)こういう本いいよね!ていうか中国の本全部こういう風なの。日本もこうしたらいいのに!あと「重そう」という理由だけで敬遠していた小説読んでみる気になった!

 

7.イチョルファン/草彅剛訳「月の街 山の街」

大好きな若林がなにかで勧めてたのを思い出してSMAPのあれこれにも思いを馳せながら古本屋で見つけたので買ってきてみた。韓国のいわゆるちょっと貧しい地域で本当に起こった心温まる短編がたくさん載ってる本。amazonのレビューには「いい!」というのが多かったんだけど道徳の本を思い出して途中から読む気なくなってきちゃってすんごい流し読みした。というか今本のこと調べたら中学校の教科書に掲載されたって書いてあるわ。わたし小さい頃から道徳が本当に嫌いすぎてまともに受けなさ過ぎて担任の先生から母親に電話かかってきたことあるくらいだから当時のこと思いだしてしまった。こういう本が読めないっていうのは小さい頃から変わってないんだな…と自分に悲しくなりました(笑)でも普通にいい話だし心温まると思う!わたしもこういう翻訳できるくらいまでもっと勉強したいな~

 

8.平野啓一郎「私とは何か『個人』から『分人』へ」

この新書、すんごいレビューよかったから買って読んだんだけど自分のなかであまりにも当たり前にしてる考えがそのまま書いてあってびっくりした。もちろん私は「個人」とか「分人」とかそんな言葉で考えたことも定義したこともなかったけど「いや、当たり前じゃん」という感じだった(笑)わたしにめちゃくちゃ嫌いな人とかがあんまりいないのは(ほんとだよ!笑)こういう考えをしてるからなんだろうけど言語化されることで「なるほど!」ということはあった。でも新書で強調したいところを太字で書いてくるのがすんごい嫌いで、いちいち太字のフォントが気になっちゃった。大事なところは自分で考えるからフラットな状態で文字を読みたいわ…。でも後半の「なんで殺人はいかんのか」みたいなところは結構「ほー!」ってなった。普段の生活のとこだけじゃなくて哲学的な部分にまで「分人」という概念を発展させててすげー!と思った。

 

9.プチ鹿島「教養としてのプロレス」

プロレスのことがめっちゃ書いてあるかと思いきや、エンタメ評論をプロレスに関連付けてしてみる文章っていう感じだった。いやもちろんめっちゃプロレスのことも書かれてるんだけどね。プロレスのこと知ってる人が読んだらもっともっとおもしろいと思う。アイドルとプロレスのことを関連付けて書いてる章についてはそれまでの流れを読みながら「これアイドルにも関連付けれるな~」と思っていたので「きたー!予想当たった~!」となんかうれしくなりました(笑)でも終盤「いやそれは無理あるわ」とか「しつこいわ!!もうプロレス関連付けんでもいいじゃん!!!」ってなってきて最後の章は完全に流して読みました(笑)もともと雑誌の連載とかだったのかな?連載とかで読んだらすごいおもしろいと思うけどあんだけの量まとめて読むと「しつこーい!」ってなった(笑)一日で全部読み切ろうとしたのがいかんかったかな…。でも、まあああいう切り口の文章を読んだのは初めてだったので結構おもしろかった!あとこの本も装丁がめちゃくちゃシンプルできれい。

 

 

 

この9冊が今日まで一週間で読んだ本。並べると結構読んだな~。

今は川上三映子の乳と卵を読みながら山田詠美の無銭優雅を読んでます。

どっちも結構前から少しずつ読んでるんだけど相性が悪いみたいでなかなか進まない…。もうこの二冊しか残ってないので読まざるをえない(笑)

 

本を買いすぎて真面目に金欠なのでバイト代を待ってまたドバッと気になってる本買いだめて読もう~。

読んだ本感想覚え書き

最近読んだ本を4冊ご紹介!

全部面白くて久々に読書脳がフル活動しているよう。

いい本の流れというのは続くので(悪い本の流れも続く)

このままいろんな本を読めるといいけど…

そういえばあんなに楽しみにしていたAmazonキンドルの定額制、

なんだかんだラインナップがわたしの思っていた感じではなく、

最初の三日間にむさぼるように読んだけどもう来月からはいいかな…

という感じでちょっと落ち込んでる…

最近の楽しみは弟が残業なしで帰ってきた日にTSUTAYAに連れてってもらって

本をまとめ買いすること…

高校の頃に行ってた思い出の本屋つぶれてなくなっちゃったんだってね。

この間久々に母校の近くで高校の同級生とごはん食べたんだけど

思い出のコンビニとかもなくなってたり、よく時間潰した古本屋とか

大した場所じゃないんだけど当時は大事な場所だったものがなくて、

街のいろいろなところが変わって「あっけないな~」と思った。

間違えてiphoneの写真消しちゃったときとか、パソコン壊しちゃって

大事な音楽がなくなっちゃたときとか、なくなるのはあっけないし

なくなっちゃったらどうしようもないから物質的なことよりも大事なところで記憶としてとどめておきたいなって思うよね。今でもコンビニで100円のでっかい桃水見ると暑くてじっとりした教室で半分くらいわからない数学の補習受けてたこととかその時制服が体にぴっちり張り付いてくる感じとかその補習の予習を真夜中にサカナクションをヘッドホンで聞きながらだらだら解いてたこととかその時の気持ちみたいなものを思い出したりするけど、そういう風に覚えておけたらそれでいいかなって思う。

 

あれ、なんでこんな話になった?(笑)

 

では、一冊目から~

 

一冊目は村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」。

村上春樹ってあんまりしっかり読んだことがなくて、いや、あるんだけど

そんなに記憶にないというか一生懸命読んだ記憶はないかな…。

中一くらいの時にノルウェイの森は読んだしその後、風の歌を聴け羊をめぐる冒険海辺のカフカは読んだ気がする…あと村上春樹訳でティファニーで朝食をは読んだ。

まあでも読んでるか…。でもまじで記憶にない、どんな話だったかとかどんな気持ちになったかというのが印象にない(笑)一つだけ一貫して記憶してるのは「小説っぽい小説だな」とは思った気がする。まずさ、なんか文体がちょっと鼻につくというかずっと違和感あるというか心地がいい感じではないよね。あと、だいたいかっこいい男の人がなんとなく死にたいような無気力なような雰囲気出してるような感じで、そういう男の人が魅力的だけど精神病んでる女の人とバーで飲みながらくさい台詞で近づいていつのまにかセックスしてるっていう。めちゃくちゃ小説っぽいよね。なんか絵的にはきれいだし。とにかくお洒落なバーで静かに飲んでイメージしかないかも(笑)

それでなんとなく毛嫌いしていたというかそれ以降は進んで読んだりとかはしなかったんだけど、中国行っても韓国行ってもあまりにも日本作家のコーナーは「村上春樹」「村上春樹」なのでちょっと腰を上げて読んでみたらめちゃくちゃおもしろかった。

 

開始2ページ目くらいでいつものように「ああ~~~この文体~~~~~」ってなったんですけど、その原因をさぐろうとしてみたらいつも「あるいは」ってところでつまずくんだよね(笑)「あるいは」って単語が出てくるたびに「んっ?」となっていてそれを把握したうえで読んでいたら「あるいは」っていうのは「もしかすると」っていう意味なんだなということに気が付いて急に読めるようになりました(笑)なんだそれw

 

あとよかったのが名古屋が舞台なことがとてもよかった。いつもはくどくどしいくらいの人物描写にたいしても「このあたりで有名な英文科が有名な私立大学」とか言われたら「あ~あそこね!」とか家柄とかもなんとなくリアリティが出るというか。

 

いつもはあんなにしつこいな!と思っていた細かい土地の名前とか細かい大学名とか家柄とかそういうものは私がわからないことだったからしつこく感じただけで(だってよくよく考えてみれば中一の時にそんなこと言われてもわかんないよね)この本においてはむしろそれがすごくよかったというか、登場人物の人物像がすごくはっきり私の中に出来て読み進めるうちにキャラクターが勝手に頭の中で文字通りに動いていくような感覚が味わえてよかったです。

 

物語自体としても景色もきれいだし(途中で出てくるフィンランド)最後はなんだかんだ読んでいる方も主人公と同じようにスッとしてるし途中のスピード感とかすごくよかったと思います。おもしろかったし文体への苦手意識がわりと消えたのでIQ84にも挑戦してみようかなと思います。長いよ~(震)

 

 

二冊目は新海誠の「言葉の庭」。

 

これは友達に勧められて貸してもらって読んだ本。

もともとはアニメーションが先でそれを小説化したものらしい。

映像から先に見てって言われたんだけど結局見てないやごめんね。

小さい頃からアニメーションが本当に苦手でちゃんとアニメ見たことないし

アニメーション映画で感動したりしたことがあんまりないんだよね…。

特に人間の形をしたキャラクターが動くのがなんか怖くてだね…

わたしがいまだにジブリが怖くて見られないのはそれがすごく関係してるんだと思う。

ということで小説から読んでみたんだけど感想は「まあ普通に……」という(笑)

めっちゃくちゃおすすめしてくれたからなんか申し訳ない(笑)

この小説で一番印象的だったのは電車のシーンかな。

電車のシーンがなんかやたら出てくるんだけど電車に乗ってる時に感じる

あのすごくマイナスな感情、世界から取り残されたような、人と人に挟まれて

ただイヤフォンをして人の波にのまれながら苛々するしやる気ないし

どこにむかってんのかなにしてんのかよくわかんなくなってくるあの感じ、

あの感じをいろいろなシーンでやたら描写していて「うん、なんかその感じを伝えたいっていうのがこの小説のテーマなんだろうな」っていうのは全体的に感じたような気がする。

 

細かい描写がやたらリアルなわりには登場人物があまり生きて動いてる感じを受けなかったのはなんでかわかんないな~…でもこの方、もともと小説家ではなくてこれが初めて書いた本なのかな?それかもしれない、ただ単に技術的に…。

 

でも、靴づくりの男の子と学校の先生の恋愛は漫画っぽくてかわいくて応援しながら読んだ。期待以上の進展はなかったけど…(笑)

 

 

三冊目は朝井リョウの「何者」。

朝井リョウって確かわたしが中学生になるかならないかくらいの時に

若くて仕事してて…みたいな感じですごく話題になってた気がするし

いつもあの小さい本屋さんに並んでて買いたい買いたいと思ってたんだけど

その時は買えなかったんだよね。当時は「文庫本になるまで待つ」っていうのが

中学生のわたしがいかに効率的にたくさん本を読めるか考えた上で出した決まりで

当時一番好きだった綿矢りさ以外は文庫本しか買えなかったの(笑)

それからなんだかんだ読む機会がなくて(なんでだろ?)でも

桐島、部活やめるってよの映画を見たときにすんごく衝撃を受けて

それからも読みたい読みたいと思いつつ読まずにいたんだよね。

そしてこの前映画館で何者の予告編を見て「あっ!そいえば!今こそ読もう!」

と思って就活の話ということもあって買ってきました。

この本、本当に最後の方読みたくなかった(笑)グサッ、グサッ!って感じで

「あ~~~もうやめて~~~~耳が痛いよごめんなさいごめんなさい!!!!」

って感じだった(笑)この物語の核心というか問いかけというか、

そのテーマを扱う小説は他にもあるかもしれないけど、こんなにリアルに、

ドストレートに読者の私生活、リアリティそのままでブン投げてくるやり方にはびっくり…。

他の本を読んだことがないからわからないけど他の作品もこういう手法なんだとしたらめちゃくちゃ興味が!他の本も全部買って一気に読んでみようかと思うくらい!

とにかく大学生は読んだら読み終わった後にぐったりしそう…。

誰か人が死ぬとか、バッドエンドだとか、文章が重いとかそういうことでは全くないし

そういうことでは全くないのに読み終えた後に「つらい…」ってなります(自分と向き合って)

 

ここ最近読んだなかでは一番人に勧めたくなる話かも!

 

 

4冊目は西加奈子「ふる」

西加奈子は三冊目?四冊目かな???嫌いではないしいつも楽しく読むし

読み終わった後にこの作家やっぱ好きだわ~!!!と思う割に

読み終わった後にストーリーを全く覚えてないのよ(笑)

唯一、「うつくしい人」はなんとなく、なんとな~く覚えてるけどそれも曖昧…

西加奈子の本はストーリーより描写でハッ!とさせられることが多い気がする。

日常にあったこの感覚、なんて表したらいいかわからんかったけど

言葉にするとこういう風になるんだ!うわ~そういわれれば!!

みたいなのがめちゃくちゃある気がする。今回もはっきりとは覚えてないけど

要所要所でハッ!となったな~。あと最後、「女」っていうのがすごく出てきて

あ~、そのための女性器がこんなに登場するのか~「女性」っていうものを書きたくてこうしてたんか~。と思った。

 

テーマ性とかを本から読み取るのが苦手なので(ただ単に物語を楽しむタイプ)最後にああやってズバッとまとめてくれなかったら「なんかまたよくわからん話だな~好きだけど!」という感じだったと思う。っていうか昨日読んだ話なのにもうストーリー全然覚えてない。ハッ!としたあの感覚だおぼえてる。あの感覚が好きだからストーリーを覚えてなくてもこの作家のこと「うわ~この人好き~!」って思うのかもしれない。

 

全然関係ないけど西加奈子が対談してる動画とか見るの大好き。オードリーの若林と二人で話してるラジオなんて何回も聞いたし、椎名林檎との対談も何回も見たし、さんまのまんまに出てるやつもめっちゃ笑った。情熱大陸も見た気がするけどその時の記憶はあんまりないな~。とにかく人と話してる時に相手のことをすごく好きで話してるのがめっちゃ伝わってくるから聞いてて楽しくなる話し方するし、インタビューアーになれば!?!?みたいな核心にせまる質問をめっちゃさらっと放り込んだりするの見てて気持ちが良いしまたハッとさせられるな~。あと関西弁が単純になつかしい。中学生の時に大好きだった国語の先生思い出すわ~(笑)名作と呼び声高いサラバ!をまだ読んでないので(上下巻でハードカバーだから出費がちょっと気になる…www)近いうちに読みたいな~~~!!!

 

 

読んでない人たちにはなんなんこの文章って感じになってしまったかもしれないけど

あくまでもわたしの覚え書きとして一応…読んでくれた人がいたらありがとうございました~!特に村上春樹朝井リョウの本おすすめです!