作文って難しい

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小さい頃は作文が得意だった。友達は100文字の作文と聞いただけで「多すぎる!書けない!」と騒いでいたし夏休みの読書感想文なんて誰もが忌み嫌っていた。わたしは夏休みの宿題の中で読書感想文が一番好きだったし多い年は友達の分と友達の弟の分と自分の分と自分の弟の分、四つ書いた。なんならもっと書かせろと思っていた。

なんで得意だったかというと書かなければいけないことがだいたい決まっていたからだ。将来の夢のは「お母さんのように」という単語をいれると先生が褒めてくれることを知っていたし興味のあることは「ボランティア」に関連付けると町内の作文選抜に選ばれるのを知っていたし高校受験の面接は脳内で作文した通り「将来やりたいことに溢れていてこの高校でその全てをやってみたい」と力強く話したあとに「でも実は一番苦手なのは部屋の掃除でお母さんにごめんなさいって思ってます」と言ったあとに肩をすくめた。面接官のおじさんたちが一斉に笑顔になった時に受かったなと思った。国語の記述問題は下手に考えると間違えるし時間の無駄なので正解っぽさのある答えを書くことに集中した。

ちなみに道徳の授業は先生が「正解はないの!考えることが重要なの!」といいながら自分の考えを書くとなんだかんだ最後には正解っぽいきれいなまとめ方をして終わろうとするのにムカついたので考えるのを放棄して露骨に寝ていた。当時生徒会長をやっていたのでクラスから「生徒会長があんな態度で授業を受けるのはどうか」と先生へ抗議があったらしく親に電話がかかってきた。お母さんに道徳の必要性の中について話してみたところよくわからなさそうな顔で「まあなんでもいいけどうまくやってよ」といわれた。

なにはともあれ書くのは嫌いじゃなかった。というかわたしにとっては難しいことではなかった。

自分でも驚くことに21歳になった今でも作文の授業を受けて毎週作文を先生に提出している。

中学生の頃に書いていたような「環境問題はどこへ向かうのか」とか「外見と中身はどっちが重要なのか」とかそんな難しそうなことではなく、「自己紹介」とか「わたしの家族」とか「なぜ中国語を勉強したいのか」とかそんな簡単なテーマなのだがこれが意外と難しい。書こう書こうと思っても深く考えすぎてとてもじゃないけど書けない。昔のように「こう書けば正解」というものがあるような気もするが21歳にもなってそれをなぞるのも小っ恥ずかしいし深く考えて書くのもまた小っ恥ずかしい。

先週のテーマは「わたしの故郷」だった。本来なら日本のどこに位置していてなにがあって、どんな食べ物が有名で気候はどうで…ということを書かなければならないことはわかっていたのだがなんとなく今回からは小学生のような作文を書くのはやめようと思い、どうやって書いたら21歳のようになるか、構想していた。

そのタイミングでたまたま海街dialyを見た。

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どっかの国のポスターがおしゃれだったので貼っておく。

海街dialyの舞台は鎌倉だ。映像を通して見るとすごく綺麗で多くの人が「田舎の暮らしいいな〜」となると思う。ボロボロだけど味がある、土地だけは広い一軒家に住んで、海がやって山があって、自然があって、街のおじちゃんやおばちゃんは知り合いばかりで。

実際に田舎はみんな知り合いだ。ご飯の時間はあそこの家のおばあちゃんが病気になったとか、あそこの家の娘が最近彼氏を連れ込んでるとか、あそこの家の子が期末テスト一位だったとか、なんでそんなことを知っているんだという感じだがお母さんはどっからかそういうことを仕入れてきて食事の時間に発表する。わたしはそれがひどく嫌いだった。自分も他人の家の食卓のおかずにされてるかもしれないなと思った。多分今でも「あそこの家の子、賢い高校に行ってそのあと公立の大学に入ったけど今中国にいるらしいわよ!すごいわよね!」と言われてるだろう。ぞっとする。

今でもうちのお母さんはたまに連絡を寄こしてくると思ったら「あそこの家の子が高校でタバコを吸って停学になったらしい」という正直な誰のことかよくわらないどうでもよすぎて聞くのもめんどくさい報告を細かくする。そういう連絡がくるとすごく田舎を思い出して気持ちがどっと疲れるので申し訳ないけど基本的に無視してる。わたしが食中毒になってどうにも辛くてお母さんに連絡した時「ポカリが売ってるといいね」と言ったあとに続けて「ところで…」と始まったのでそっと携帯を置いた。

映画を見ながらずっと実家のことを思い出して気分が悪かった。何度も言うが映像を通して見る田舎は綺麗だった。綺麗だったからなんか嫌だった。わたしはリビングや洗面台がある(我が家にはない)二階建ての綺麗な家に住みたかったし海よりも市民プールに憧れた。そもそも「市」というものが田舎にはない響きだった。

わたしは実家が全然好きではない。海も山も嫌いだったし小学校一年生からスタートする自転車通学も嫌だった。家から出ると広がる田んぼの景色も大量の彼岸花も気持ち悪くて嫌いだったし、夏は蝉の声と暴走族がうるさすぎてうんざりした。ちなみにホットロードを見たときも実家を思い出した。アホなヤンキーは嫌いだが臣くんはかっこよかった。

海街dialyでなんか悔しかったのがこんな美人の4人なのにすんごい狭い世界で生きてたのにがっかりした。こんなに綺麗なのに田舎で生涯を終えるのか…。わたしの心配とは裏腹に彼女たちは幸せそうだった。すごく幸せそうで田舎すら美しく見えたのがちょっと悔しかった。わたしにはできない。

でもあまりに美しい4人の登場人物とあたたかく流れる景色や空気に「田舎かー、ありなのかもなー」と思ってしまった。

中国から帰ったら大学がスタートするまでの3ヶ月、家がない。お金もないので多分わたしの部屋がなくなっている実家になんとか居場所を見つけて暮らすしかない。車も乗れるし(家から出るときに壁にするし駐車できないけど)その3ヶ月でもう一度田舎と、実家と向き合わなければならない。

わたしなりにわたしの故郷について考えて、映画を見たこと、映画の舞台が鎌倉という比較的田舎な自然豊かな場所なこと、わたしの故郷は鎌倉ではないけどすごく景色が似ていて海があって山がやって田んぼがあること、映画を見ながら実家を思い出して懐かしなったこと、実は田舎な実家が好きではなくて都会に出ることばかり考えていたこと、上海という大都会を経験した上でもう一度実家を好きになってみようかなという考えに至ったことを800字の作文に書いて提出した。

書き終わった時にこれまでに感じなかった達成感があった。

次の週、先生からコメント付きでわたしの作文が返された。先生からは「文章はうまいが導入が長すぎるし故郷についての情報がなさすぎてなにもわからなかった」と書いてあった。

次のテーマは「わたしの理想」だ。
頭が痛い。


作文って難しい。