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切り替え作業


外国語を日常的に使うようになると携帯のキーボード入力で外国語を容易に入力できることへのありがたみを感じる。パソコンだとハングルを打つ時に自分のキーボードにハングルの表示がないのでシールを買ってきてキーボードに貼らないとどこになんの文字が当てられてるのかを把握できなくて難しい。

有難い有難いと思いながらなんだかんだ携帯の入力言語を切り替える時のタイムロス?にイラつくことがある。わたしは中国語で会話する友達がほぼいないのでなんだかんだ中国語はそんなに使わないのだが(あかん)最近は多分韓国語を打っている方のが多いので切り替えに若干の遅さを感じるだけでストレスを感じるようになってしまった。キーボードの言語に、日本語、韓国語、中国語(ピンイン入力)、英語、中国語(手書き入力)、絵文字があるのはわりと鬱陶しいが全部必要なのでどうしようもない。

こんな賢いiPhoneでも若干戸惑うような言語の切り替え、わたしの脳内だともうぐちゃぐちゃになっている。

留学生同士で話しているとその輪に5つの言語が飛び交っているようなことがザラにある。わたしは左隣の日本人と日本語で、右隣の韓国人と韓国語で、右隣の韓国人はその隣の香港人と韓国語で、香港人はその隣のフランス人と英語で、そのフランス人はその隣の韓国人とフランス語で…全体の会話は中国語で。

フランス語ともなるともう全く聞き取れないので脳が言語として認識しないので助かるが、英語もなんだかんだ少しくらいは聞き取れるし韓国語と日本語と中国語は聞き取れるし頭の中でいろんな言語が混ざりすぎて爆発しそうになる。

韓国人と話してる時もだいたいの友達が中国語を話せるので初対面の時はだいたい中国語と韓国語を混ぜて話されることが多い。(後々全部韓国語になるケースがほとんど)彼らは片方が母国語なので別になんてことない作業だと思う。だがわたしにとっては両方とも外国語なのでそれを韓国語で返せばいいのか、中国語で返せばいいのか(というかどちらなら頭の中に知っている単語が多いか、言えそうか)頭の中で整理してから口に出そうとする。その過程でこんがらがりすぎて言葉が口からでなくなってしまう。特に初対面で必要以上に緊張するタイプなので言葉をほぼ発せなくなる。使える言語が増えるとそれを使いこなすだけの切り替え技術まで身につけなければいけない。

先日不思議な出会いがあった。

急に美味しいものが食べたくなってインスタグラムのタグで上海を検索しているとすごくおいしそうなパスタの写真をあげている人がいたのでその人のアカウントを見てみるとどうやら上海にいる韓国人留学生だった。あまりそういうことをするタイプではないのだかその時自分でもわからない、なぜか「わたしも上海にいる日本人留学生なのですがここのレストランの場所教えてください」とコメントをした。すると秒で返事がきてわたしの友達の大学の近くだと教えてくれた。

わたしはすぐに友達に「この人があんたの大学の近くだっていうんだけど今度食べに行こうよ!」とその人のコメントをスクショして送った。するとその友達が「え!?これわたしのクラスのお姉さんだよ!?」というのだ。しかもご飯をよく一緒に食べに行ったり風邪をひいた時にはご飯を買ってきてくれるような仲だという。世界せまいかよ。

こんな縁だし3人でご飯を食べに行くことになった。もちろんわたしがインスタグラムで見つけた美味しいパスタのお店だ。

道がわからず10分ほど遅れて到着すると既にお姉さんとわたしの友達が席でわたしの到着を待っていた。

さっきも言ったように初対面の人に対して必要以上に緊張するタイプのわたしは控えめにアンニョンハセヨと軽くお辞儀をして席に着いた。お姉さんはわたしに緊張する隙もくれないほど中国語と韓国語を巧みに混ぜ合わせて、時には日本語まで駆使していろんな話をしてくれた。

その話の中には日本の映画、ドラマ、好きな作家やその作品まで登場し彼女の頭の良さを感じた。好きな作家の話をしている時に村上春樹東野圭吾に続き三番目に辻仁成の名前が出てきたのでびっくりした。女性作家だと角田光代が好きだと言っていたが角田光代の作品の雰囲気と彼女の雰囲気はぴったりだった。彼女の中国語があまりにも流暢なのでこっちの生活が長いのかと思いきや来たタイミングはわたしと全く同じだった。更に彼女は留学経験がないにもかかわらず流暢な英語が話せるという。なにより彼女が話しているときずっとわたしは笑っていてなんてハッピーな人なんだと思った。わたしまでハッピーだった。魅力があふれまくっていた。

彼女の話し方や言葉の巧みな切り替え方を見ていたらわたしに今足りていないことが浮き彫りになって見えてきたような気がする。

中国語がうまく話せなくてしんどい今の状態から抜け出すにはもっと言葉の切り替え作業としての技術や、根底にある賢さや人間としての魅力を備えなければいけない。わたしの中国生活はあと3カ月だ。