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親に似る


いい意味でも悪い意味でも本当に子供は親に似ると思う。記憶する乙女心のスタートと共に常について回り今でも消えてはくれないニキビは父親譲りだし、中学生くらいまで半袖や帽子なしで外に出れないほどの日光過敏だったのも母親譲り。ボサボサの眉と一重の瞼とぼてっとした鼻は父親譲りだし垂れ下がったぷっくりした頬は完全に母親譲りだ。

絵を描いたりするのがわりと得意だったのは車の塗装を専門にしている父親譲りなような気もするしそうではないような気もする。

基本的にダラーっとしていて理屈を並べたがるくせに部屋の掃除や家事や料理ができない、というか関心がないのは父親そのものだし、もの言いが説教くさくてなにか予定がないとダメでなんだかんだせっかちなのは母親そっくりだと思う。

基本的になんでも食べれるのは父親似だが味の違いがわからなくて結局安い食べ物が好きなのは母親に似ている。

体質や容姿で親に似ていることは間違いなく先天的なものだと思うが性格や嗜好についてはなんだかんだこの人たちと生活したからこうなったんだろうなと思う。

せっかちな母親の小言を受け止めるわけでもなく放置しつつ全く気にしないで自分のゆったりした時間で生活する父親と一緒に育ったので基本的にはゆったりとした時間が好きになったが、母親と2人でいるときはせっかちにあれやこれやとするので基本的にはなにかをしていないと罪悪感に苛まれるし、待ち合わせ時間には異常に早く着いたり、時間の制限があるものに対するせっかちさは自分でも嫌になるくらいひどい。

父親と母親の性格がよく一緒に生活してんなと思うくらいには真逆なのでその性格のいいとこ取り、言葉を変えれば悪いとこ取りをした性格になってしまった。その代わりどっちの気持ちもよくわかる人間になったので両親の喧嘩や離婚騒動になった際には必ず中間で「まあまあ」といってお互いの肩を持ちながら適当に慰める。父親のことも母親のこともよくわかった上でどうせ離婚しないとわかっているので「したくなったらいつでもしなよ、わたしは勝手に生きます」と言ってある。我ながら適当だ。比較的貧乏なので離婚したくなるのもわかる。お金がないと心的余裕がみるみるうちに削られていくし喧嘩したくなる。まあでも本当に離婚したくなったらして貰えばいいと思う。個人個人楽しく好きに生きて欲しいしわたしもそうする。

うちの弟はそんな感情的な母親とてきとーな父親と無感情なわたしを傍観する立場で育ったので全てにおいて達観しているが気づかいのできる子になった。わたしの適当な処理を綺麗にフォローしておいてくれる。感情的な母親をわたしが「まあまあ」と適当に慰め、母親に文句を言われても聞く耳を持たない父親に「一旦聞くふりしなよ」というわたしなので、その後弟が母親への「大丈夫?」と父親への「ここだけは直しなよ」をしてくれる。書きながら感じたが歪ながらもフォローバランスがパーフェクトだ。

せっかちな母親が風邪をひいたときにそれでも動き続けるのでわたしは「いやいいから止まって寝ろ」というのに対し弟は「大丈夫?薬飲んだ?」と言える人間である。一度母親には「あんたはなんで弟のように優しい子に育たなかったのか…なんで優しい言葉のひとつもかけられない女になってしまったんだ…」と言われたことがある。わたしの中では休むこと、止まることを知らない母親には「大丈夫?」よりも「寝ろ」が適切なアドバイスだと思ってあくまでも優しさで言っているのだが母親的にはそういうことではないらしい。あなた「大丈夫?」って言ったら「大丈夫!」っていうタイプだろうが。そんな母親を見て育ったのでわたしは倒れる前に自ら休む人間になった。

こっちにきてから、というか大学生になって一人暮らしを始めたと同時に父親とは全く連絡を取らなくなった。父親の電話番号以外、ラインもメールアドレスもなにも知らないし特に電話をかける用事もないので実家にたまーに帰ったときに偶然顔をあわせる程度だ。偶然会うというのは帰るときに特に連絡もしないので「あれ、おるやん、やっほー」みたいな感じである。半年ぶりでもそんな感じだ。
基本的にうちの父親はわたしのことを「ブス」と呼ぶことを愛情表現としており、小さい頃から顔を見るたびに「俺に似てブスだなぁ〜!」と爆笑する。同じ花を育てるときに綺麗な言葉をかけ続けたら綺麗に咲き、汚い言葉をかけ続けたら枯れたという話を聞いたことがあるが毎日そのように言われて育ったので立派なブスに育った。今でも半年ぶり、1年ぶりに娘に会うというのに「ご飯食べてるか?」「元気にやってるか?」という言葉をかけられてくれた記憶は全くなく会うたびに「ブスだなー!」と言われるのでわりと勘弁してほしい。ちなみにこの前会った時は「月の給料いくら?」と聞かれて答えたら「俺に半分分けて!」と言われたのでさすがに笑った。父親に対して「アホか!自分の分は自分で稼げよ!」と言った。

母親とは比較的連絡を取っている方だと思うが二週間に一回母親から一方的に連絡が来て、わたしが「そうなんだー」と返す程度である。他の留学生の話を聞くとお母さんとは毎日連絡とってる!電話もよくする!というような人が多いのでわりとびっくりする。ちなみについてから3ヶ月経ったときに奨学金関連の用事があってはじめて電話したときに「電話できるんだ!」とびっくりしていた。できないからしないんだと思っていたらしい。

お母さんから送られてくる連絡はいつも一方的で「隣の家のおばあちゃんが倒れました!」とか「運転してたらあんたの同級生にすれ違いました!」とか「弟の仲良しの友達がタバコで停学になりました!」とかそういう話が多い。「そうなんだー」である。わたしがあまりにも自分の話をしないからそんなことになるのか?とも思ったが「旅行に行ってきたよ!」「友達とご飯食べてるよー」と写真を送ったら「そうなんだー」と帰ってきたので親に似たなと思った。

こうやって親の話をすると仲が悪いと思われがちだか決して悪くはない。普通だ。それぞれ生きてるという感じだ。最近でも親の喧嘩は耐えないらしくたまに母親から狂ったように長文で父親の愚痴が送られてくる。わたしはいつも「まぁいい年だし勝手にさせときん」と答えている。母親的にはそういうことではなく一緒になって「それはむかつくわ!!!くそじじい!!」と言って欲しいようだが50歳を前にしたおっさんに「飲み歩くのはいいけど朝起きて仕事しなさい!」と説教するのも気疲れするだけなのでお母さんにはどうぞ穏やかに、なにか自分の趣味を作って打ち込んでくれたら嬉しいと思う。

わたしの字は母親に似ている。幼い頃から母親が字の特訓をしてくれたのでそれに習って書いた字の名残が未だにある。さっきやる気なく半分眠りながら字を書いていて懐かしさを感じたのでなぜだろう?と思ってよく字を見てみると父親の字に似ていた。やる気ないモードの時は父親の字に似るらしい。やる気ださなきゃあかん。