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かがやくちびっこ


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朝方まで音楽を聴いていたため遅めに起きた。化粧をして大量の教材を背負って街に出る。隣の部屋のドイツ人の笑い声がうるさいため今日はカフェで勉強することにした。今日も今日とて起きた瞬間から頭が痛い。天気予報を確認したら明日は雨ではなかった。だとしたら疲れてるんだろうか。こんなにしっかり睡眠をとっているのに疲れるなんてことがあるのかと思うが、忙しくても楽しく生活している時のが疲れないタイプなので最近のダラッとした生活に疲れてしまってきたのかもしれない。それに最近夢をよく見る。睡眠の質が悪いのかもしれない。カフェに入ったら頭痛薬を飲まなければ。頭痛薬は常に財布にたくさん入れてある。

目当てのカフェは大きいショッピングモールの一回奥にあるためショッピングモールの入り口の無印良品を突っ切ると若いカップルが手を繋いで展示のソファーで気持ちよさそうにぐーぐーと眠っていた。

カフェに向かって歩いていると空きスペースに特設会場が設置され人が集まっているのが見えた。興味本位で近づいてみると「童年不同样」と書かれたステージの上でグリーンのドレスを着たの綺麗なお姉さんがちびっこの紹介をしていた。ステージはランウェイのように組まれ両脇には100人を超えるお客さんが集まっていた。ステージの上では紹介を受けた小さい女の子が「一生懸命踊ります!」とコメントした後わたしの知っているKpopが流れそれに合わせて女の子が踊りはじめた。特にすごく上手いわけではなかったが大きめに見積もっても小学校2年生くらいの女の子がミニスカートにニーハイ、ヘソ出しTシャツを着て1人で100人以上を前にしてキメキメで憧れのアイドルになりきって踊る姿を見て思わず笑みが溢れる。さっきまであった頭痛を忘れて、頑張った少女に精一杯敬意の拍手を贈る。その後も次々と登場するちびっこの歌やダンスを見ては拍手をし、結構な時間が経っているのに気付きその場を後にした。

子どもはなんであんなにキラキラしているんだろうか。一生懸命頑張る姿はたしかに美しいしうっとりすると同時になぜか笑みがこぼれる。わたしは小さい頃なにに夢中になっていたんだろう。狂いそうなほどなにかに夢中になったことがあっただろうか。

わたしは比較的小さい頃から舞台に立つことの多い人間だったと思う。記憶にあるだけでもピアノのコンクールや発表会、試験で幾度となく大きい舞台に1人で上がったし、小学校中学校では生徒会長をやったりしていたので演説や朝の会で全校生徒の前に立つのも当たり前だった。小学校からはじめた和太鼓では毎日人前で演奏していたし世界大会に何度も出て今では考えられないくらい大勢の前で笛のソロを吹いたこともある。高校ではバンドをしていたので小さいながらライブハウスでちょこっと演奏したり学校で演奏したり文化祭の時はホールで全校生徒と親の前で歌ったこともある。多分全くそういう経験をしなかった人たちに比べるとかなりいろいろな経験をさせてもらった。

今思い返してみるとその時その時自分なりにすごく一生懸命だった。特に和太鼓は熱中したし、あのちびっこたちだけの黒社会の中で生き残るのに必死だった。一つしかないパートを巡って年上のお姉さんたちと実力で勝負した。自分が選ばれるようにどうやって色目を使うかをみんな幼いながらに知っていたからその中で蹴落としあいだった。にも関わらずみんなで友達ごっこをしていてその中でどう振る舞えばいいのか探り探りだった。わたしは実力でパート争奪戦に勝ったのにも関わらず落ちた3つ上のお姉さんがリストカットに走ってしまったため譲ることになってしまい泣く泣くコンテストを諦めたこともある。お母さんが一緒にお風呂に入ろうと言ってお風呂で無言で泣き続けたことがすごく思い出されるし今思い出したらなぜか涙が出てきた。当時は自分の手首を切る勇気がない自分を責めた。

今考えてもあの頃なんであんな世界で生きれていたのかわからないほど和太鼓グループは社会の縮図だった。本格的に世界を目指していたし実際2度世界大会で優勝した。メンバーのほとんどが小中学生なのに毎日夜の11時や日付が変わる頃まで練習した。それくらいだったので大人のサポートもすごかった。それだけに大人の揉め事も多かった。いい大人が泣き叫んでものを投げつける姿は何度も見たし毎日誰かが泣いていたし毎日苦痛だった。一生懸命やっていても全然報われなかったしいつもセンターは一番かわいくて愛嬌のある子だった。わたしは真剣にやればやるほどいつも笑顔が足りないと怒られていた。自分の中の笑顔が笑顔でないと怒られ続けて本当にわけがわからなかった。

ピアノはずっと好きだったけど控えめに言っても下手だった。耳だけはよかったけど実力がなかったしなによりクラッシックが大嫌いだった。歌謡曲のコピーばっかりしてた。コンクールが嫌いで嫌いで全く練習しなかった。高校生になる時にお母さんに「コンクールで賞がとれないならもうやめなさい」と勧められて辞めた。あの時はお母さんのせいにしてたけどいいタイミングだったしやっと解放されたと思った。

バンドをしていたときは朝から晩までそのことしか考えてなかったし曲を作らなければいけないときは曲は一瞬だったものの歌詞が書けずに朝から晩までそのことを考え夜になると枕元にノートを置きそれでも出てこなくて寝不足だった。

とはいえわたしは人前に出るのが好きだった。好きだったけど得意ではなかった。舞台に立った瞬間のことはほとんど覚えていない。いつも頭が真っ白の状態でなにも頭が働いていない状態で身体だけが勝手に動いている感じだった。失敗するのは怖かったし人に見られるのはいつまでたっても少し恥ずかしい。特にバンドをやっているときは自分の歌よりもビジュアルに自信がなさすぎて舞台に立ちたい自分と見られたくない自分の葛藤がひどかった。大学生になってサークルでバンドを少しやったが最終的にその葛藤に負けて辞めた。20歳にもなって人前にでるのが嫌になった。

いつの時もわたしはなんだかんだ一生懸命やっていたような気がする。でも全部辞めてしまった。全部好きだったし一生懸命だったけど自信がなくて自信のなさから逃れるために辞めることを選んだ。続いていることはひとつもないし、いつからか一生懸命頑張るやり方も忘れてしまった。夢中になれることもないし夢中になるという状態の自分を忘れた。そんなに上手じゃなくても人前にでてなにかをするちびっこが眩しかった。わたしの拍手が彼らの自信に繋がってくれたらいいなと思った。少なくとも、大人になってから人を笑顔にさせることはそんなに簡単じゃない。(いつもみんなを笑顔にさせる太陽みたいな大人もたくさんいるけど本当に憧れている)

中高生までの十数年でいろいろなことをしてみたのに、この数年で多くのことを手放した。自分が楽になる方法は続けることより手放すことだ、手放した後の後悔に気づかないように生きればそのほうがずっと楽だとどこかで思っているからだと思う。

わたしはこれからなにを続けてなにを手放していくんだろうか。これからわたしの自信になるものはあるのだろうか。