普通に落とし込む

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月の内一週間くらいは狂ったように眠い。立っていってもそのまま寝そうになるし家にいるときは無条件にいつのまにか寝ているし眠りにつくまでの記憶がほぼない。あとだいたい夢を見ているようでそのあたりの境界線が曖昧でふわふわしている。街を歩いていても頭はぼーっとしていて自分は映画館に座って映画の映像を見ているように自分の体と頭が完全に分離される。体は勝手にルーティンをこなすように動いているが心は映画館に座っているときのあれだ。今日は平日なのでもちろん大学があるのだが目を覚ましたら昼の1時だった。ちなみに昨日の夜は11時くらいに布団に入ったような気がする。暖かくなってきたので半袖で布団に入ったらすごく気持ちが良くてそこからの記憶はない。とにかく起きたら昼の1時だった。気持ちの良い眠りから覚めたはいいが、その気持ち良さに浸っていたくてまた眠る。13時間の睡眠を感じさせないナチュラルさで再び眠りにつこうとする自分にさすがに引いたため一度体を起こしてトイレに行ってみる。こんなに長らく水分を摂っていないのに特に口は渇いていなかった。不思議である。

少し前からなにをしていても本を読みたくたまらないという症状に襲われている。とにかくぼーっとしている時間がもったいないし寝るか本を読むかの二択にしたかった。それ以外のなにもしたくなかった。だがもちろんここは中国。本屋さんに行けば中国語の本しか売っていない。日本語の本も売っていないわけではないのだが2倍以上の価格になっているので買うのがためらわれる。どうせ重いので日本には持って帰らない。

大学に入ってからこの勉強しかしていないこともありなんだかんだ中国語の本が読めるようにはなってきたので最近はずっと中国語の本を読んでいた。のだがとにかく疲れる。疲労感が半端じゃない。母国語じゃないのでいうほどサクサク読めない。1日かけて30ページほどを読んでもまだ主人公と、その相手になるだろう人物がやっと出会うくらいである。なかなか恋愛をしてくれないしもっというとその頃にはその話に飽きはじめるので起承転結の転に行くまでには次の本を読みたくなる。基本的に一冊の本は高速で読まなければ気持ちが先に飽きる。

どうにもこうにも日本語の本が読みたいと思いツイッターを眺めているとamazonKindle版のセールの文字が目にとまったのでトライしてみることにした。本を買ってブックカバーをとって捨ててぐしゃっとした状態で読むのが好きなので電子媒体はちょっと…と思っていたのだがよく考えると1日のほとんどを携帯の画面と向き合っているわたしが電子媒体に向いていないわけがない。思い込みの激しい女だ。

こっちに来てから使っていなかったビザカードを取り出し、ワンクリックなんちゃらみたいな支払い方法を登録するとKindle版の購入ができるようになった。中国はアップルストアへの規制も厳しくなっているようでアップルストアを開くのにも数分かかり、ダウンロードとなると何回チャレンジしても最後までダウンロードできずに失敗するアプリが多いのだがKindleアプリも4回ほどの失敗を経たあとになんとかダウンロードを完了させられた。

起きがけにそのことを思い出し最近読みたいなと思っていたカレー沢薫の「負ける技術」とさっきタイムラインでたまたまみた雨宮まみの「女をこじらせて」を買った。購入手続きが本当にボタンひとつなのでこれから先アホみたいに購入してしまうような気がして若干震えた。と同時にダウンロードがスタートし、表紙が並んだ。電子書籍についてあまり関心がなかったというか「本の触り心地が…」とか、わかったようなことを言っていたのだがこれまでほどに電子書籍神!!と思ったことはない。iPadにもKindleアプリをダウンロードして読み始めてみるとなんなら本よりも快適にスピード感を持って読むことができた。実家に自分のスペースもないしこれから引越しを繰り返す将来が見えているので基本的に読んだ本は捨てる。そのことを考慮しても想像以上に電子書籍が自分に合っている気がしている。ただオススメの本に気になっている本をダイレクトに出してくるので本当にクレジットカードの引き落としが怖い。

寝てしまってはいけないので近くのカフェに駆け込み4時間ほどかけて快適に2冊の本を読み終えたのだが二つともおもしろいエッセイだった。知らずに購入したのだがどっちの本もはじまりからセックスだのAVだの言うのでこれは電車の中では読めないな!と思ったがありがたいことにここは中国なので隣にかわいいちびっこが座っていたが特に遠慮するこもなく読んだ。

どちらのエッセイもエッセイなので当たり前だがかなり自分の話を大っぴらにしていたのでおもしろかった。雨宮まみ久保ミツロウの対談では雨宮まみが「自分のことを書くのに戸惑いはなかったけど関係する人たちに関してはちょっと考えた」みたいなことを言っていてわたしもそうだなーと思った。自分の話をするのは本当に戸惑いがないしなんでも話せるのだが基本的に周りの人も関わってくるのでここに書きたくても書けないことはわりと多い気がする。

どちらの作家も自分の人生を淡々と書いていて「黒歴史」みたいなことを綴っていたり「負けてる」みたいなことを書いていたりするのだが、そして文章力によってなんだか共感してしまうのだが冷静になると全然普通じゃないしなんだそのドラマみたいな話は。と思う。というか一般人からすると本を出してる人生が全く普通じゃない。

こんなに魅力的でおもしろいのになんでこんなに自分に自信がなくてこういう書き方をするんだろうかと思ったのだが(それについての自己分析が雨宮まみの「女子をこじらせて」なのだが)2人ともなんだかんだ自分の人生をすごく普通でつまらない感じに落とし込んで淡々と語っている印象があった。なので「わたしの人生普通でつまんねーなー」と思っているわたしのような人の共感性を呼ぶんだと思う。

雨宮まみが「他人のことなら客観的に評価できる」と言っているようにわたしも他人のことなら客観的に見えてしまうので共感しながら読み進める自分に「全然普通じゃないやん、わたしどこに共感しとんねん」と思ったのだがわたしの生活も言うて普通じゃないのかもしれない。

まず中国で知らん外国人の男と生活して、中国語と韓国語を主に使って生活してるし、まあ一度や二度はは外国人と色恋沙汰もあったり(盛った、一度しかないっす)韓国人夫婦と3人で朝方まで飲み明かしたり、外国人に囲まれて働いてみたり、韓国バーのメニューを作ったり新店舗の内装を手伝ったり、なんかわりといろいろしてみてんなーという感じで、なんでこんなに「わたしの人生普通すぎだし全然ダイナミックじゃないし華やかじゃないしクソ」と思っているんだろうと自分で思った。わたしもいろいろな出来事を普通に落とし込むのが好きなんだと思う。常に「普通に穏やかに暮らしたい…」と思っているので普通に落とし込んで「普通だわ〜」とやっているのだがその反面「つまんね〜」と思っている自分もいるのでその狭間で苦しんでいるような気がする。あと本当に他人と比較する術に長けている。自分のことで精一杯なのにも関わらず他人と比較するために他人を観察することにめちゃくちゃ長けている。ちなみにこれは全く役に立ちません。

と思いながらこれを書いていたら韓国人のおばちゃんに韓国語で「ここ、座ってもいいわよね?」と聞かれて「はい」と答えた。

なんで中国におって韓国人に間違えられたうえ普通に韓国語で対応しとんねん。どんな状況だよ。あほか。…とは思わず「あーこの普通すぎる生活打破したいわー」と思うのだった。欲が深い女だよ…。