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ちょっとした気持ち

最近わたしは元気がない。

もうそれはわかりやすく、常にぐったりしているが何に対してぐったりしているのか自分でももうわからない。今の生活は比較的ゆったりしているし自由時間も存分にあるし睡眠だって十分に摂っている。大きなストレスに苛まれているわけでもない。しいて言えば本当になにも楽しくない。ああ、そうか。もう五月がやってくるんだ。そういえば五月にはこういう状態を症状だとしてくれる五月病という便利なものがあった。Wikipediaに聞いてみたら「新しい環境に適応できないことに起因する精神…」とあった。こっちでの新学期はとっくの昔に始まっていて今更新しい環境もなにもないのだがwikipediaの下には「五月病女子にありがちな…」とか「『六月病』に注意!」とかいうコラムがずらずらと並んでいたのでもう正直そこら辺はなんでもいいんだと思う。ちなみに五月病女子の主な症状として「寝すぎ」「だらだら食い」「メイクが手抜き」「SNSを見すぎ」だった。わたしには五月しか訪れていないのかもしれない。

 

なぜ突然そうなったのかわからないけれど、確かブックレビューみたいなやつをダラダラ巡回していてそういうことになったような気がするのだけどずっと毛嫌いしていて(というかさらっと文体を見たときに好みの感じではないなと思っていた)しっかり読まなかったはあちゅうの本を読んでみることにした。タイトルは「今日から人生を変えるためのエンジンになる本」で、自己啓発本の王道のようなタイトルだったのだが価格が250円だったので買って読んでみた。

 

内容自体は20分、いや15分もあれば全部読めてしまうようなもので一タイトルごとにその内容が数百字で完結に記されている、本というよりはTogetterを読んでいるような感じだった。この本に関しては横にスライドするのが違和感すぎるくらいだった。(横書き)いっそのことツイートをさかのぼるような感じで下にスライドして行けたらもっとスラスラ読めそうな感じだった。

 

読み始める前は全然期待していなかったのだが(失礼)読み始めるとすごくすんなり入ってきた。これまで読んだ自己啓発書の中では一番自己啓発された。自己啓発されたというよりは、すごくわたしの考え方にピッタリだったというか「言われてみるとわたしそれしてるわ」という感じでわたしもわたしなりに自己啓発しながら生きてるんだなと思った。

 

私が当たり前にそうするようにしていることがすぱっと書かれていた項目としては

「週末に叶えられる野心を大切に」

「パンケーキを食べにいけるかどかが、人生を変えられるかどうか」

「人に時間をあげられる人は尊い人」

「相手が欲しいものをあげられる人間になるには」

「書くことは、考えること」

「最初の一歩を踏み出せるかどうか」

「刺激を外からいれたところで、ジャンキーになるだけ」

「関係性に誰かをまきこまない」

「切り捨てる勇気」

「一歩外に出ることの重要性」

「書くことで、人は救われる」

「お金で行動範囲を決めたくない」

「行動力は分解力」

「続かないことなら、やらなくていい」

「結論がでるまで、相談はしない」

「元気は貰うのではなく、あげる」

「ワクワクするほうに進む」

「夢が叶っても、自分は変わらない」

「おもしろいことは起こらないけど、おもしろさに気づくことはできる」

「成功者はメールの返信がはやい」

 

などなど、まあこうやって書いてみると同じことをいろいろな方向から何度も簡潔に説明してくれているのだが、わたしも大いに賛同するというかそういう風にやってきたなというところがいくつもあった。

 

大きくまとめると「ワクワクする理想があってそこに向かうのは一歩目が踏み出せないだけという場合が多かったりする。漠然としているからできないのであって分解してみると意外と一歩目は話題のパンケーキを実際に週末に食べにいけるかどうかくらいの小さい行動力の差であってそれをお金のせいにもしちゃだめだ」ということなのだと思う。あと「理想がかなったり夢が叶っても結局は自分だし自分が嫌いな限りはなんとなくずっと満足できないし悩みもつきまとうし理想の世界って実際はそんな夢みたいな空間でもなくて自分が主人公な限りはそこにも現実的な普通な生活しかないんだから結局は生活にどれだけおもしろさを見出していけるかの能力」だと思う。まとめると言っておいて全然まとまっていない。

 

そのあたりのことは「言われてみればわたしもそういう考えかたで生きてきたな」という感じで改めて文字にされたすっきり感があったのだけど「気づき」として見つめなおしたのは「元気は貰うのではなく、あげる」というテーマだった。

 

冒頭にも書いたがわたしは最近本当に元気がない。これだけ元気がなくてやる気がなくて歩きながらもずっとぼーっとしているのに、ツイッターで元気のない友達を目撃すると本当に気がかりだ。特に就活で消費されてすり減っていく友達たちを見ていると本当に心が痛い。こっちにきてからいろいろな大人を見ているので就活なんて単語が滅べばいいと思っているしそもそも決められた時期にみんなで一斉に職を探す伝統もよくわからないしこの年齢で人生が決まってたまるかと思うし別に失敗したってなんてことないと思うようになった。

 

今月初めて出会った日本人の女の人三人は三人とも20代後半か30代前半の間だったが一人は「超有名会社に勤めていたけど自分がダメになりそうだったから会社をやめてゼロの状態で中国に一年間留学してそれから再就職した」「日本で普通にOLをやっていたけど物足りなくなって専門学校に二年通って中国語を勉強して日本で上海の仕事を探してこっちにきたけどあまりの待遇の悪さに二ヶ月でやめて今月から新しい仕事を開始した」「県庁に勤めていたけど突然中国に一年間派遣されることになってこっちにきたけどこっちでいい人に出会ってもう結婚を考えているからこっちで仕事を探すと思う」という「就活うまくいくのかな…」と悩むわたしたちにとっては「うそん」経歴をさらりと語り「でも今楽しいしおもしろい」という人たちだった。三人とも全く違うところで出会い、全く関係のない人たちなのだが、だからこそこういう生き方って別に特別なことじゃないし普通なことなんだな~と思う。三人とも「21歳なんてまだ何回だってやり直しきくしやりたいことなんでもやってみればいいし全然いいよ」と言っていた。そういう人に言われると素直に「そうだよな」と思う。周りの留学生の中で私より年下はいないし、20代後半で「中国語やりたくなったから来た!」とか「今は仕事はないよ!」とか「自分に一年間見つめなおす時間をあげてるの」とかいう人なんてざらにいるし、もっと言えばもっと年上の人だっていくらでもいるし、男の人でも30歳前後で「まだ留学生!帰ってから仕事を始めようかな!」みたいな人も本当にゴロゴロいる。彼氏が中国に来たから仕事辞めてついてきた!とかそんな女の人もいっぱいいるし本当に「えっ!そんな感じでそんな重大な決断すんの!?」とか「すごい人生だなおい!」みたいな人は本当にめちゃくちゃいる。というかそういう人しかいない。みんなすごく上昇志向が高くて未来に夢を持っていて理想にむかって突き進んでいるしなにより楽しそうだし幸せそうなのである。そういう人たちに「いや若いっていいね!なんでもできるじゃん!」といわれるとなんでもできそうな気がする。40代や50代のおじさんに「なんでもできるじゃん!俺だって今してるし!」といわれて「いやできません」というのはおかしい。できるんだと思う。

 

とは言え、わたしが来年就活をするときになって多分こんなんだから苦労すると思うけど、その時に「いやどうにでもなるやろ」と言われても慰めにはならないような気がする。実際にたくさんの会社に落とされて自分を否定されたような気がして、自分が費やした時間や気持ちを一瞬で砕かれて「なんでよ!理由はなによ!」となると思う。「それでもなんとかなる」ことは分かったうえでそれとこれとは違うし「なんとかなる」けど落とされたら傷つく。だから傷つくことは当たり前だと思うし、「なんとかなるから傷つくのは違う」というアドバイスは的外れな気がする。でも最終的に「なんとかなる」ことなのに傷ついてすり減っていく友達を見ているのはすごく嫌だというか同調してしまってわたしもすり減ってしまうような気になる。

 

こんなにやる気がないのに最近始まったばかりの就活に浪費されていく友達を見ながらどうやって「慰労」になるようなことをしてあげられるだろうということをここ数週がすごくよく考える。本当はわたしに何か特別な能力があって友達の心を洗い流せるような洗浄力の強さと包容力と温かみを兼ね揃えた言葉をかけてあげられたり何かに表現したりそういうことができたらどれだけいいんだろうと思うけどそんな能力もないし、そもそもしてあげるということがすごく厚かましいし、して「あげたい」というほどのことじゃないんだけど、なんかずっと気になっていて、その子たちがもっと穏やかに暮らせたらいいのになと、言葉にするとあほみたいだけど実際にそういう風にいつも思う。

 

いつものように長い長い長い前置きを書いておきながら結論はないという恒例の駄文になってしまったのだが、誰にとは言わないけれどわたしはいつも悩める友達たちには穏やかで楽しくて暖かい一日が来るようになるといいなといつも思っているということをちょっと思い出してもらえたらいいなと思う。

 

わたしが疲れたときではなくて、疲れている友達を見たときに聞く曲をここに歌詞とともに貼っておく。ちなみにこの歌詞はわたしが一番好きなアイドルグループのキムジョンヒョンという人が書いた。わたしから見たら本当にしんどそうな生活で寝る暇もないだろうしバッシングも多いしすごい世界に生きている人なのに他の人に元気をあげることを考えていてこういう歌詞が書けるなんてすごいなと思う。思っているだけじゃ伝わらないから形にできる人にあこがれる。ちなみに歌っているハイちゃんはわたしより二つ下。わたしも自分のことではなくて人のことで悩みたいしその人たちに力になれるような人になれたらいいのになと思う。

 

敢えて和訳だけを載せます。

 

 

 

ため息 イ・ハイ

유희열의 스케치북 - 이하이 - 한숨. 20160325 - YouTube

 

息を大きく吸ってみてください

あなたの胸の両側がしびれるくらい

少しは痛いくらいまで

 

息をもっと吐いてみてください

あなたの中に残っているものがないと

感じられるまで

 

息が上がっても大丈夫

誰もあなたのせいにはしない

たまには失敗してもいい

誰だってそうだから

 

大丈夫って言葉

言葉だけの慰めだけど

 

誰かのため息

その重い息を

私はどうしたら

汲み取ることができるでしょうか

 

あなたのため息

その深さを理解することはできないだろうけど

大丈夫

私が抱きしめてあげる

 

息が上がっても大丈夫

誰もあなたのせいにはしない

たまには失敗してもいい

誰だってそうだから

 

大丈夫って言葉

言葉だけの慰めだけど

 

誰かのため息

その重い息を

私はどうしたら

汲み取ることができるでしょうか

 

あなたのため息

その深さを理解することはできないだろうけど

大丈夫

私が抱きしめてあげる

他の人たちの目には力が抜ける

ため息に見えるかもしれないけど

私は知っているよ

小さなため息を吐き出すことさえ難しい

一日を過ごしたんだっていうこと

 

もう他のことは考えないで

深く息を吸ってみてください

そのまま吐き出してください

 

誰かのため息

その重い息を

私はどうしたら

汲み取ることができるでしょうか

 

あなたのため息

その深さを理解することはできないだろうけど

大丈夫

私が抱きしめてあげる

 

本当にお疲れさま