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タイトル保留


何故か天気や季節のことから書きたくなってしまうのは小中学校の時に手紙の書き方で習った「必ず天気や季節の挨拶から書きはじめること」が未だに体に染みついているからなのか、それともなんだかんだ生活の上での感情や体調が天気や季節の移り変わりに大きく左右されているからなのだろうか。こっちに来てからなにをやっても1000円のジェルネイルをしてくれる店を見つけて月に一度くらいのペースでネイルをしているのだが、思い返してみればわたしはデザインや色に季節の雰囲気を取り入れたがるタイプだと思う。秋にはシンプルな深緑とベージュにしてみたり、深めの赤にしてみたり、冬ど真ん中には濃いめの青と白とシルバーだったしクリスマスの時期は赤や白や緑を入れたがったし、冬が終わってはいるのにまだ春がちらつくくらいの時期にはピンベージュ、サクラが咲き始めた頃には桜色のネイルに変えた。今回は今まで見向きもしなかった薄い水色と白のかわいいネイルにした。最近春は終わったものの夏と言うにはまだはやい過ごしやすさと夜の涼しさと前触れなく降る雨がわたしにとってはこの色らしい。親友は季節に関係なく色を選ぶタイプで今回も黒と白とシルバーのキラキラで構成されたフレンチネイルをしていた。この時期に黒をするの?気分と合わなくない?と聞いたら「かわいいじゃん」とのことだった。

 

いつものように二人で並んでネイルをしてもらっていたのだが、彼女はネイル中も文句が多いし表情をころころ変えて悩むので忙しい。フレンチネイルのカーブのかかり具合にも何度も何度も修正を言ったり、色が気に入らないと全部し終わってから変更をしてもらったり、爪の長さからどの指をどの色にするか、ここのパールの位置がどうとか思ってたよりラインが若干上にきてるのが気に入らないとかその度に一喜一憂して「どっちがかわいいと思う?」「やだ!かわいくない!」「さりい!どうしたらいい?!」「さりい!」「わかんないどうしよう!」「あー悩む!」とずっと話している。ちなみにわたしが意見してもあまり聞かず最終的に自分の心の中にあるものを通すのでいつも割と適当に「かわいいじゃん」「大丈夫でしょ」「変わらんて」と言っていたらちょっと前に怒られた。

 

毎度どこかしらが気に入らないようで全部終わった後に「はぁ…気に入らない…ここが…」「わたし一回も満足できたことない…」と言っているのだが今回はなかなか気に入ったようで「きれいじゃない?よくない?」とかなり盛り上がっていた。そういう姿は愛らしくていいなと思う。わたしも思い描いていた色と完成したときの色が違ったり、思っていたより派手になってしまったりあまり満足できたことがなかったのだが今回はかなり満足していたので「めっちゃ気に入ってるからめっちゃ気分いい、テンションが最高」と報告したら「いや一ミリも見てとれんわ」と言われた。

 

そういえば昨日もそんなことがあったような気がする。親友には家族ぐるみでよくしてもらっていて昨日も家に招かれて泊まっていた。親友とお姉ちゃんとその彼氏とその友達とおばさんとおばあちゃんとみんなでカードゲームをやっていた。こんな家族みんなでカードゲームや人生ゲームみたいなもので遊ぶこと自体に感動してしまって、その上日本人のわたしをそこに入れてくれて嫌な顔一つせず、むしろ「さりいも絶対参加ね!!」といってルールを一から丁寧にゆっくりな韓国語で説明してくれて「あぁ…心暖かい…」となっていたのだが盛り上がりかたが本当にはんぱじゃないことにもびっくりした。家族となにかでこんなに盛り上がった記憶がもう長らくない。一番最近でなにがあったかと思いだしてみたけど小学校の低学年の時にサンタさんに貰った人生ゲームやポケモンポンじゃんをやって若干盛り上がったくらいの記憶しかない。何度もいうけれどうちの家族は決して仲が悪いわけじゃないのだけれどそういう遊びで盛り上がった記憶はあんまりなくてすごくびっくりもしたし羨ましくもあったしなによりその輪に自分がいることに困惑しつつも楽しかった。

 

どれくらい盛り上がるかというとカード一枚引くたびにめちゃくちゃ喜んだりめちゃくちゃ怒ったりめちゃくちゃ悲しんだりしているのだ。途中で喧嘩がはじまったり途中で誰かがカードをぶん投げて「むかつく!こんなのもうやってられんやめる!!!」と言ったりそれに対して誰かが爆笑したりとにかくみんなめちゃくちゃ本気だし全力だった。

 

初めてやるゲームだったのに運よくわたしが勝ったときがあった。「さりい、これさりいが勝ったんだよ?わかる!?」と言われたので日本語で「やったー」と言ったらそのやったーがあまりに不自然だったらしく「え、やったーってアッサー(韓国語のやったー)ってことだよね?日本人はやったーをそんな感じでいうの?え?喜んでんのそれ?めっちゃおもしろいんだけど!」といってしばらくみんなに、いい札がきたら無感情無表情で「やったー(棒)」と言うという遊びをされた。ちなみにわたしはその時めちゃくちゃ楽しかったのでそのやったーも結構テンション高めで言ったつもりだった。違うゲームで元気よく「ポン!」と叫ばないといけないゲームがあるらしく、次回はさりいにそれをやらせたらおもしろそうだと盛り上がっていた。

 

その後みんなで食卓を囲んでこれがおいしいとかこれは塩辛いとかうちのお母さんのこの料理は最高なんだよとかみんなで話していてめちゃくちゃ「心暖かい…」だった。高校生の時も帰りが遅くてほどんど一人でご飯を食べていたので長らく家族と食事をとった記憶がないし、4人そろって食べたとしてもお母さんが一方的に自分の話をする形式だったような気がする。みんなで話しながら笑いながらゆっくり食べていたので少し食べたらすごくお腹がいっぱいになってしまっておいしいからもっと食べたいのに食べられなかった。一人で食べる生活が長いせいでわたしは本来食べるのがめちゃくちゃはやいし食べ終わってからもなんとなく満足感が薄かったりする。

 

その後みんなでボーリングに行こうという話になってボーリングをしに行った。びっくりしたのは足の悪いおばあちゃんにまで「一緒に行く?」と当たり前のように聞いてたことだ。おばあちゃんは「犬と留守番しとくわ~」と言っていた。わたしなら多分当たり前のように誘わないけれど当たり前じゃないんだと思った。おばあちゃんの気持ちになってみたらうれしくてなんで自分はしないんだろうと思った。

 

ボーリングはあの家でのゲームよりも何倍も盛り上がった。一本でも倒すと全員がハイタッチするシステムだったしストライクが出たもんならみんなで輪になってジャンプして喜んだしもちろん本気なので負けた人はジュースをおごった。こんなに楽しいボーリングがあるんだということに驚いた。すごく久しぶりに全力で楽しんで笑っていたので疲れているはずなのに体はすっきりしていた。

 

帰り道に女子プロレスがおもしろいという話をしていたのだがそこでもみんなで技がこんなんだとかあんなんだとかやってみたりしてめちゃくちゃ盛り上がった。わたしはただずっとケラケラ笑っていた。

 

考えてみればあの家族や友達たちといる時はいつも無条件に盛り上がってるし楽しいし心があたたかい気がする。なぜわたしはいつも享受する側で、ただその空間でケラケラ笑っているだけなのか、やったーもうまく言えないのだろう。自分に友達があまりいないこととか、家族の雰囲気とか、常になんとなく輪のせいにする癖があるけど、その輪を構成してるのはわたしであってなんでいつも一歩下がってわたしは関係ないようなふりをしてしまうのか本当にわからない。わたしも他人に対してああやって楽しい空間を提供できる側の人になりたいなと思う。でも多分あのお姉さんやその彼氏や友達は楽しい空間を提供している気もサラサラないのだと思う。すごくナチュラルにかつ愛らしくて魅力的で。一人の部屋に戻って自分のネイルを見つめながら、ふとこんなことを考えてまた出口もなく文字にしてみるだけしてみるのだ。