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インターネット


わたしが今より15年くらい前に生まれてたら全然違う人生を歩んでいたかもしれないなとふと思う。

田舎中の田舎に生まれたうえに日光過敏症を患っていたわたしは家からあまり出ないタイプの幼少時代を過ごしたと思う。自分の力で行ける場所に娯楽がなかった。山や田んぼはあったけれどそういう遊びにはあまり関心がなかった。

両親の教育方針が「百聞は一見に如かず」だったので本当に比較的色々な場所に連れて行ってもらったもののその時の記憶はあまりなく、多感な小学生や中学生の時はほとんど家で本読んだり絵を描いたりピアノを弾いたりギターを弾いたりしていた。

あのままあそこで外の世界を知らずに生きることは十分にありえた。

しかしわたしにはインターネットがあった。小さい頃から自分のパソコンを持たされていたし信頼されていたのか特に規制がなかったので使いたい放題だったしなにをしても大丈夫だった。友達のほとんどはお父さんのパソコンだから何かをダウンロードしたりでしないとか時間の制限があるとか監視されてるからチャットとかできないとかそういう子が多かったような気がする。うちはそういう規制が全くない代わりに「変なことに巻き込まれても知らないから自分で勝手にうまく使え」とのことだった。幼いながらに危なさそうというのはなんとなくわかるものでこれ以上はなんかやばそうとかそういうのは大丈夫だった。小学校の低学年の時からどこかのチャットルームで知らない人と会話したりしていたしだから危険な目に遭ったことはないしぐれたわけでもないし勉強しなかったわけでもないし最近の「スマホを小さい子に持たせると危ない」問題は「人による」んだと思う。

いつも部屋で過ごしていて、田舎で図書館にも1人で行けなくてどこに行くでも親の車に乗せてもらわないとだめで親の言うことが世界の全てだったわたしにとってインターネットはすごく面白い世界だった。どこまでが本当かはよくわからなかったけど、こういう知らない世界をたくさん見せてくれた。

あの頃インターネットで見て「こんな世界があるんだ」と知らなかったらわたしは多分なにも知らずになにもせずにあの家でなにに関心を持つこともなく高卒で近所のスーパーで働いて近所の人と結婚していた気がする。

実際、実家の周りでは近所で結婚したり幼馴染と結婚したり大学に行かない人もめちゃくちゃ多い。

小学生の時はファッションにすごく関心があった。その頃から化粧品にも関心があった。インターネットを開けば世界中のファッションがいつでも見られたし掲示板を見れば都会の女の子たちが当たり前に学校帰りにファッションビルに行って流行の服を買ったり化粧をして街に出るんだということを知った。わたしの住んでいる街には洋服を買うような店はなく、車で40分ほどいくとあるユニーの二階の小さなファッションスペースで買い物をするのが当たり前だった。わたしはいつも都会に憧れていたし学校帰りに遊んだりできる高校生になるのが一番大きい夢だっだ。

中学生の時、音楽が好きで狂ったように音楽のことばかり考えていて毎日いろんな音楽を聞いていろんなアーティストを調べてその人のインタビューを読んで憧れて真似してみてとやっていたのはインターネットがなかったら多分できなかった。

そもそもわたしが行ける範囲にCDを手に入れる手段がない。お金もない。両親が音楽に関心の深いタイプではないのでわたしにインターネットがなかったら音楽を聞く手段がなかったと思う。

高校生でバンドやアイドルにはまった時は、当たり前にライブに行ったり本当に熱心な人は泊まり込みで見に行ったり、韓国まで公演を見に行くような人がいるんだなということを知って田舎育ちには考えられない都会人のフットワークの軽さにびっくりした。わたしは名古屋に出るのにも数千円数時間かかる。

他にもあげればきりがないが、そういう知らない世界を見せてくれて自分もしてみたいなと思えるように小さな夢を与えてくれてわたしをあの田舎から出したのはインターネットだと思う。

インターネットがなかったらどうやってそういう世界の存在を知らずにずっとあそこで生きていたような気がする。

中国にいながらインターネットで日本の情報を得ているとこのありがたさを噛み締めることが多い。そして行きたいイベントや読みたい本があるのに手に入らないもどかしさに遭遇すると実家で生活していた思春期の気持ちが呼び起こされる。

そんなに遠くない昔にインターネットがなかったんだと考えると不思議でしょうがない。

インターネットがある時代に生まれてよかったなと思う。