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一年の留学生活を終えて空港に向かうタクシーでわたしはすごく安らかな気持ちだった。

これまで夕飯を食べるのにもコーヒーを飲むのにも財布の残り枚数を数えては不安になっていた100元札が急にただの紙きれのように感じられて普段なら高いと思うタクシー代240元を友達と半分ずつ出した。

 

なんとか既定の23キロに収めたスーツケースは馬鹿みたいに重かったけど、反対にわたしの一年間の生活ってスーツケースに収まるようなものだったんだなとも思うと23キロは軽すぎるような気もした。一年間異国で生活するのにスーツケース一つあれば事足りるし、事足りるような身軽さを常に保っているほうがいつでもどこにでも行けそうでわたしは好きだ。

 

爆発事件後厳しくなった空港の安全検査をビクビクしながら通り抜け、いよいよ飛行機に乗る前、急に家族や地元のおじちゃんや仲良しの同級生のお母さんの顔が浮かんで、なにかお土産でもと思ったけどまともなものが売ってなくてパンダ型のチョコレート5個セットをいくつか買ってみた。何で急にそんな気持ちになってのかはよくわからない。

 

帰国の飛行機はあっけなくて、こんなに簡単に国に帰れるのに一年間すごく遠くに来たような気分で帰りたくても我慢して帰国を指折り数えていたのが馬鹿みたいに思えた。それはとっくに知っていたことだけど気づいていないふりをしていることでもあった。途中で一度帰ったらなんとなくいけないような気がしてそこは学校がない休みの期間中も上海に残って生活することはわたしが自ら選んだことだった。

 

飛行機に乗ってアイフォンで曲をシャッフルしたらハナレグミの一日の終わりにが流れてきて普通にちょっと泣きそうになった。

 

 

これで今日はさようなら

汗もよくかいたし湯船につかったらゆっくり眠ろう

忘れものもしたけど見つけた物もあるよ

無駄な時なんて一日もないさ

出会えた人たち言葉をありがとう

名もなき人たち風景をありがとう

気の合う仲間たち力をありがとう

つつみかくさない心をありがとう

 

 

着陸態勢に入った飛行機の中で隣に座っていた友達が「自由に生きようね。」と言った。わたしは「うん」と適当な返事をしながらその言葉を何度も噛みしめた。

 

この一年の生活を終えてそんなに大きく変わったこともないしわたし自身はそんなに成長してない気がする。この一年をそんなに美化するつもりもないし人生のターニングポイントになったなんていうわけでもない気がする。

 

けれどやっぱり帰国した今日という日に、今日までの生活に一度区切りをつけてしっかりさようならしておきたいし汗をかいた自分を湯船に入れてゆっくり眠らせてあげたい。

 

もちろんもっとこうしておけばよかったんじゃないかということもたくさんあるし、もっと中国語に真剣に向き合ってればとか、自分の将来についてしっかり結論を出してから帰ってこなくちゃだめだったんじゃないかとか、そういう忘れたこともあるけどもちろん見つけたことも少なからずある。これはまだ明確に言語化できないけれどこれからゆっくり見つけた物を少しでも自分の中に落とし込んでいくことができたらその時は大儲けだなくらいに思ってる。

 

出会った人たちはみんなわたしたちに大切な言葉をくれたし

一階のコンビニのおばちゃんとか、管理室のおじちゃんとか、

配達のおじちゃんとかご飯屋さんのおにいさんとか

名もない人たちはわたしの生活に暖かい景色を与えてくれた。

 

留学仲間や気の合う友達はいつもわたしに力を与えてくれて

わたしの大好きな人たちはつつみかくさない心をくれた。

ひとりひとりにお礼の文章をしたためたいくらいだけどとりあえず今日は実家のお風呂にゆっくりつかって、お母さんが準備してくれたふかふかの布団でゆっくり眠ろうと思う。ていうかこんな短い歌詞でこんな意味のあること書けるハナレグミ神かよ。あとこのタイミングで流してくるわたしのアイフォン神かよ。早く7に変えたいから壊れてほしいって思っててごめんな。

 

一年ぶりに会った家族はそんなに変わってなくてやっぱり一年って本当になんてことないなと思ったけど、お風呂に自動給湯器がついててジョーロみたいな水圧だったシャワーがちょっと強めになっててびっくりした。父親はわたしが小学生くらいの時からのあの変わらない体制で床に横たわりながら相変わらず韓ドラを見てた。お母さんが認知症になったらどうしようと本気で相談してきて笑った。田舎すぎる実家が嫌いで嫌いでたまらなくて都会に住むことばかりを考えてたけど、大都会上海に住んで帰ってきたから、なんとなく前よりは田舎の風景を受け入れられた。