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考えて書く

悩みは少ないけど考えはかなり多いタイプだと思う。

人がどれくらい考え事をしていてどれくらい自分の中で答えを出してスッキリしてっていう流れで生きてるのか私が他人になって体験することはできないからそんなことはなんとなくの感じでしかないけど人よりは多いんじゃないかなあと思う。

朝起きてお母さんがする言葉一つにもひっかかりがあると「う~ん」となるし、ニュースを見てて親近感のある話題が出るとまた「う~ん」。電車に乗っててもちょっとしたエピソードに遭遇しても「う~ん」と何か考え始める気がします。これは悩んでるわけでもないし、そこで出た答えを「これだァ!!!」と叩きつけるわけでもなくて自分の中でモヤッとしたものをいったん整理しておきたいなっていうだけなんだよね、整理しておきたいというか一応すっきりしておきたいというか。文字にしながら考えをまとめてるんだよね。

 

こういうのってもう小学生くらいからずっとやってて、ノートになんか書いたり(もちろん発見した瞬間に廃棄処分)ブログ書いたり(もうどこに存在してるかもわからんけど存在してるからこわすぎ)日常的にやってたわけで。もうTwitterができてからは長々と文章にしなくてもそん時にちょっとずつの文に突発的に気軽にいつでもどこでもできるからもっぱらTwitter。こんなに続いてることある?ってくらい毎日コツコツ(ポジティブな捉え方)やってるのが不思議なくらい。

 

でもバァーってツイートした後に毎回めっちゃ反省する。ミュージシャンとかがよく「生活において曲を書かずにいられない」って言ってるのを見るけどわたしも次元やレベルが全然違うけどなんとなくわかる、わたしもそんな感じで生活において自分で考えたことをいったん文字にしないとなんかずっと気持ち悪い。けどさ、こんなにTwitterやってる人いるのにだいたいの人が見る専門じゃん。私の中では見るためのTwitterというよりは文字をおこすためのTwitterっていう認識だったからタイムラインにいない人から秒速でファボの通知きたりすると「え?見てたのん?」ってなる。それで、「あぁ、世間の子たち、特に女の子たちはこんな慎ましくネットでおかしな発言せず生きてるのになんでわたしはできんのよ、絶対嫌に思われてるわ、自己主張激しすぎる嫌な奴と思われてるわ」と思う。そんでめっちゃ反省する。もうTwitterをやめようと誓う。(三分でその考え忘れるけど)

 

だってさ、小さい頃から自分の強い意見を持ってる人はちょっと嫌な風に見られる風潮がずっとあったじゃん。少なくともそれが影響してわたしは道徳の授業で発言するの嫌いだったし自分の中の考えは人前で発言せずに(まあしちゃってたかもしれんけど)発言した10倍の量を感想カードみたいなのに書いてた。急に思い出したけど音楽の授業で「音楽ってなんだろう」ってことを話し合う授業があって自分なりにすんごい考えて「食とか家とか服とか優先順位が高いそういうものに関連して美術面が発展するのはわかるけど、優先順位が低そうな音楽がこんなに発展してみんなの生活に欠かせないものになってるの不思議すぎる。音ってもの自体にに形がないのにこんなずっと続いてるのすごすぎ」って書いたら先生からのコメントで「????」って書かれてたのすごいショックだった覚えある。しかもそのハテナのコメントが書かれてる状態で勝手に後ろの壁に掲示されててめっちゃ恥ずかしくてどうやって濡らして紙をダメにするかめっちゃ考えてたこともある。考えて文字にしてみるのはすんごい好きだったけどそれが人に「?」「なにいってんの?」ってされたり掲示されて「恥ずかし」って思われるのがめっちゃ恥ずかしかった。小さい時から音楽とか美術とか文章書くとかそんなことばっかり好きでずっとやってたけどどっかでずっと恥ずかしいなと思ってた。恥ずかしいからどっかでやめたい、なんでこんな恥ずかしいことずっとやっとんだろって思ってた。けどホンモノの芸術家や音楽家はいつだって憧れだったしなんだかんだ書くことだけはずっとやめられんかった。

 

何回も言うけどこういう文章を書いて誰かにどう思われたいとか公開したい自己顕示欲がすごすぎるとかじゃなくて、公開されて人に読まれるもの、つまり自分のものでなくなった時に昇華するというかその時点ですんごいスッキリするからしてる。でもずっと恥ずかしい。できればやめたい。「あの女長文のブログ書くタイプの女だよ」とか絶対思われたくない、思われたくなさすぎるのに考えたことを文字にして昇華させるまでの行為をできないことのほうがめちゃくちゃストレスになる。でもやっぱりリスク高すぎるから好きな人できたらその人に知られる前にTwitterもブログも削除したい。めっちゃ嫌。ネットやらない人と知り合いたい。(無理)私はaikoが結婚するまで全然安心できない。aikoは結婚しないしYUIは心の病気になってしまったって聞いたし宇多田ヒカル浜崎あゆみも外国人の旦那さんだしチャットモンチーのえっちゃんもYUKIも旦那さんはバンドマンじゃないか!表現したり歌書いたりしてるわたし青春時代の女の人たち普通の会社員とかとしか結婚してないんだもん。わたしが外国人にもバンドマンにも出会う機会ないから…。しかもわたしのような人間がなんか書いたりしてたらめちゃ見栄え悪そう。この女性アーティストの話は偏ってる自覚めっちゃあるけどなんていうか、この感じを伝えたい、ほんとリスクすごそう。

 

今までずーっとそうやって思って生きてきたんだけどこの前友達が酔っ払った時に何を話し始めるかと思ったら「あんたはブログを書け!Twitterやめるな!文章とにかく書いてくれ!」と涙ながらに懇願してきた。本人覚えてないと思うけど。彼女がなんでそんな必死に訴えかけてきたかって、自分は考えたことを文章にできん、映画みたりおいしいもの食べたり、なにか体験したときの感想が単語でしかでてこない、そんな風に自分が考えたことを言語化して整理することができないから本当に羨ましくてしょうがない、っていう理由だったらしい。本人覚えてないと思うけど。正直に言うとすんごいびっくりしてしまって、その時も「恥ずかしすぎるからもうやめる、こんなことやってる人周りにおらんしとにかくやめたいのにやめれなくてしんどい」と言ったら「やめるな、むしろ頻度を増やせ!もっと意識して文字を書いていけ!」と言われた。普通に言われたら「恥ずかしすぎて死ぬ」と思うけどすんごい熱こもってたしそんな姿見たことなかったから素直に「ありがてえ」と思った。

 

そういうのは違う子にも言われたことがあって、その子はなんか書くたびに連絡してくる。その子にも「もっと書け」としつこく言われる。そいえば高校の時に文化祭のテーマソングを作った時にもある仲良しの女の子がずっと「めちゃいいからもっと何曲か作ってくれ」と言われてそん時は恥ずかしすぎて「その話題ださんで、お願いかんべんして」と心で思ってたんだけど(ほんとごめんね)成人式の打ち上げみたいな時にバックでまたそれがかかっててその子がまた「もう何回聞いてもめっちゃいい、いまだにダウンロードしたやつ聞いてる、次のやついつなの?作ったけど教えてくれてないだけなの?」と言ってくれた。その時わたしは「誰だよ許可なく流してるやつ!帰ったろうか!!!!」と思っていたので反省したしさすがに「そんな風に思ってくれる人がいるなんてありがたいな」と思った。

 

この間韓国で「神の遊び」というエッセイ本を買ってきて読んでいる。

イ・ランさんという、歌手であり芸術家であり漫画家であり映像作家である女の人が書いているエッセイ。なんで買うに至ったかというとその人のインタビューをなんかでたまたま目にしてその文章を読んだ時に「あ、わたしこの人のこと絶対好きだ」と思ったからで、その本を目の前にしたら装丁からデザインからサイズ感から、「もう絶対この本好きになるな」と思った。そんで読んでたんだけど、すんごいおもしろくて、「やっぱ芸術系に生きる人たちって世界ちがいすぎ!」ってとこも結構多いんだけどその中で「あ~~~~」ってなる部分があったのとそれに対する日本語訳をちょうど発見したから載せるね。

 

【付属長編エッセイより抜粋】

人生のさまざまな要素のうち、私は楽しさを最優先に生きてきた。愛に満ちた人生、幸せな人生がどんなものかはよく分からない。私にとっては、楽しい人生こそが最善の形らしい。でも、楽しい人生とは、いつも笑顔で踊り出さずにいられないようなものではないと思う。むしろ眉をひそめた表情に近いもののような気がしている。例えばこの文章を書いている私の表情みたいなものだ。考えたことを字で書き、また考え、煮詰まったら友達とおしゃべりして、再び考えを整理して書く。この文章の題名を考え、どんな挿絵をつけるか悩む。そうして完璧な1ページをつくり出す気分が「楽しい」のである。考えることが、それを話すことが、歌うことが、そして書くことが楽しいのだ。

http://www.sweetdreamspress.com/search/label/Lang%20Lee

 

エッセイを読んでいたら日本語が堪能なこともわかったし、日本にすんごくよく来ていて日本の友達も多い人だってわかったんだけどそれゆえになんか親近感もあってするする読んでるとこういう「ハッ!」って文章が出てきたりする。

この文章を読んで「あ~でもわたしもなんだかんだ楽しいからやめられないのかもしれないな~」と思った。ずっと「すっきりするから」とか「しないとモヤモヤするから」って理由をつけてたじゃんね、それは多分「恥ずかしい」っていう謎の意識が「楽しい」と思うことをやめさせてたと思う。「楽しい」と思ってしまったらなんとなくダメなんじゃないかという。だけどこれを読んで「楽しいからやめられないのかもな~」と思ってしまったからもうこれは認めざるを得ないし、その認めたものをまた書かずにはいられないし、なんなら友達たちが「もっと書け!」っていってくれてるくらいだからこれからは楽しくもうちょっと頻度をあげて書いてみてもいいかもしれないな~と思ってきてる。

 

ただわたし、寝ると考えたこと忘れがちというかぼやけちゃうんだよね。だからキタ!と思った時に書かないといけないんだけどさすかにこの量をスマホで打つのもやだし、いつでもどこでもパソコン持ってたらいいのに、と思うけど今のパソコン重いからそこが悩み。早くバイトして軽いちっちゃいパソコン買わなきゃ。

 

またすぐになんか書くと思う、今日はおやすみ、また明日!