読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「なんで勉強してるの?」を考える


10月になって久しぶりに大学に行ってやっぱり大学の講義ってなんか合わなくてびっくりした。合わないというか3年の後期だというのに講義の内容が本気で何にもわからない。わからなさすぎて食らいつきようもないし本当にどうしようもない。私だけが異様に勉強ができなくてポカーンとしてるならもうしゃーない、私の責任だなって思うけどあとで周りに「ねえ、わかった!?どういうことなの?みんなわかって聞いてるの?」って聞くと周りも「わからん」と平然と答えるところにびっくりする。わからないことに焦りが出たりどうしようと思っていた自分と違って周りはわからなくてもわかったような顔をして平然と話を聞いているように思えるのでそこがすごい。私はわからないと「ちょいまって!わかんない!わかんないからちょっととまろ!」と騒ぎ立てたくなる気持ちがずっとあるので講義中、心がめっちゃソワソワする。もっとすごいのはみんなそんな状態なのに半年後には卒論のテーマを提出して一年後には卒論を書いて一年半後には提出してるということだ。どうやったらそんなにうまくやれるのかわからん。私もきっと半年後にはうまくやってるんだろうけどうまくやっちゃっていいものなのかな?と思う。日常の講義の内容が一個もわからないのにそんなうまいこと卒論とか書いちゃっていいものなのかな?と思う。大学というものは不思議だなと思う。もちろん、本当にしっかり勉強していて学科のことについてすごく熱心に日々研究してる人もたまにはいるんだと思うからそ初々しい人にはぴったりだと思う、けどそんな人が何割いるんだろうかと思う。東大に入るような子がクラスにいて隣の席で同じ授業を受けていた時にもずっと違和感があったけどそん時はそれでも授業で起こってることが全くわからない、食らいつきもできない、なんてことは無かった。難しいし食らいついていくのに必死ではあったけどなんの話題で話してるかくらいはずっとわかってたような気はする。私はそんなわけわからない講義を聞くために2時間半かけて大学に行くのはなんなんだろうか、よくわからん。でもその内容を理解できないのは大学側から言われせば完全に私たちの問題なんだろうと思う。でも言っておきたいのはここの大学の入試は日本史でも受けれるしもっと言えば世界史が私みたいに破滅しても現社の点数で入れた。私としては世界史を勉強してこなかった人が多くいるであろうことが容易に予想できる状況で結構そっちも飛ばしてくるなという印象です。

それにしても大学の教授という人たちは知識の量がすごい、本がそのまま何百冊頭に入ってる。話をしているのを聞いてるだけでそれを感じる。頭にある情報が多すぎてそれを少しでも多く私たちに伝えようとしてくれてるんだなというのがわかる。多分大学の教授になるようなすごい人は大学生の頃にはすごい量の知識がすでにあっただろうし「もっと細かくて深くてかゆいところに手が届くような、自分では中々たどり着けなかったような情報を得たい」と思って講義を受けていたんじゃないかなと思う、過去の自分が知りたかったようなことを教えるだろうから突然それに見合った情報を学生に与えようとするのも理解できる。けど私には情報量が多すぎる。卵がどんなものか知らないのにポーチドエッグの作り方とか有名な卵農家を経営するおじさんの名前を一気にたくさんブァーと言われてるような感じ。私は卵ってどんな見た目をしてるのか卵がどんなものなのか、どうやってできるのか、調理法はせいぜいゆで卵と卵焼きと目玉焼きくらい教えてもらえればお腹いっぱいだ。それより先に美味しい卵を産む鳥の種類とかその鳥の育て方とか教えられても「だから卵ってなんなん」てならざるを得ん。卵のこと知っとけよ!と思われるかもしれないけど家庭科は勉強しなくていいですよ、って言われて大学に入ってきてるからそんなん最初から教えてくれよって思う。まぁ卵を知らんなんて人はおらんから例えが過ぎるけどさ、それを歴史上の人物とか事件とかで言われるともうわけわかんないの、これほんとに。でもあんまりにも教授たちは楽しそうに話をするし完全に魅了された人の目をしてるからなんも言えない。そのまま話をさせといてあげたくなる。

そんなこんな思って講義受けながら「うーん」ってなってたんだけど社会学の講義が親しみのある内容で、ヘイトスピーチについての講義だったんだけどヘイトスピーチってなんなんだとか、在日ってなんなの?とかそういうところからちゃんと教えてくれて実際にヘイトスピーチが行われているところの動画とか見たりして、それが結構衝撃的でびっくりしちゃって。ある人たちに対していかにも大人しそうな女の子が「ちょうしこいてると大虐殺するぞ!」とか叫んでるのよ、駅前で。私びっくりしちゃって。それで最後のコメントシートに「他人に対してそんなことが言えてしまうような状況に追い込まれるような動機の根元が知りたい。なんでこんな活動をするようになったのか、なんでその人たちをそんなに恨んでるのか、そこがめっちゃきになる」って書いたんだけど。なんかを学ぶ時ってその事について一回自分の中で真剣に考えてみることとかって一番大事というか、それこそが学びなのかなってちょっと思ってるんだけど。その時は私すごい考えちゃって。なんでかっていうと、ヘイトって朝鮮人とか中国人に対してされることがすごい多いんだって。多いんだってっていうかまぁ感じるじゃん、生きてて。ずっと「なんでそんなにみんな嫌うんだろう?」って純粋にその理由が気になってて。ちょっと前までは「なんで?」って思ってただけだったんだけど、私が中国語と韓国語を勉強して中国人の友達がいたり、韓国人の友達がいたり、もう友達とかじゃなくてすんごい人生で助けてもらったりとかすごいして。だからもちろん私は嫌な感情とかあんまりないんだけど、あんまりないというか、すごいフラット。でもさ、めっちゃ人に言われるようになったんだよね。「中国人やばくなかった?」とか言われるのよ。例えば他の国に留学したとして「パリ治安大丈夫だった?」とか「アメリカって夜危ないとかない?」とかは聞かれることあったとしてもさ「フランス人やばくなかった?」とか聞かれることってあるんかな?あるんだとしたらそれもそれで問題だけど、治安が悪いからそこの国の人全員やばいとかそんな発想あるんかな?あるのか。それより中国って都会は全然治安いいし、なんていうの?うちのお父さんとかもニュース見ながら中国人のニュースとかあると「人間性がなってないんだよね」とか言うのね、私そういうの「なんで?」と思うからなんでそう思うの?そういうこと言う時はもうちょっと気をつけていったほうがいいよっていつも言うんだけど、そういうことに触れる機会が最近増えてて。それでヘイトスピーチの映像を見てる時にすごい考えてちゃったんだよね、これはなんなんだろうって。

あと最近中国語と韓国語勉強してるっていうと「なんで英語じゃなくて?」ってよく聞かれるんだけど。純粋に「なんで?」って思って聞いてくれたら全然いいけど、その言葉尻に「なんでそんなことの言葉勉強すんの?」っていう皮肉を込めたように聞いてくる人っていうのがたまにいる。私がそう捉えてるだけとか、考えすぎだとかいうのは少なからずあるかもしれんけど本当に嫌な気持ちを感じる時があるのね。正しくその、訳もわからずヘイトを受ける側のような気持ちに少なからずなる。そうするとすごく怯んでしまう。いけないことをしてる訳じゃないのになんかすいませんと思う。そんですいませんと思ってしまう自分にめっちゃ嫌になる。だって怯まずに堂々と答えたらいいじゃん、けど私はちゃんとした理由もなくただなんとなくはじめてなんとなくこんなところまで来てしまってでもやっぱりなんか好きで目的もないけどずっと続けてる。特にそれを使う仕事に絶対に就きたいという気持ちもない。使う機会があって、それが成果になったら嬉しいだろうな、とかは思うけど。むしろ勉強量が足りてないのわかってるから生半可な気持ちで仕事にするのちょっと怖いくらい。だからちゃんと答えれないのね。「こういう目的と目標があってそのために勉強をスタートさせた。将来こういう仕事についてそこでこうやって活かしたい」って言えれたらいいのにと思う。そうやって堂々と言えるような、学びの理由が欲しくなった。

昨日、在日朝鮮人の女の子が主人公の「ジニのパズル」という小説を読んでいた。ヘイトスピーチの講義中にその本が頭に浮かんで講義中にアマゾンで買ったものが届いた。読みながらうたた寝をしてしまったら夢を見た。

私はハワイアンテイストなレストランのテラスでゴツゴツした木を繋ぎあわせたようなテーブルを囲んで女の人とお酒を飲んでいた。女の人はスーツを来ていて40歳くらいで綺麗な人だった。最初はたわいのない話をしていて、私も結構気持ちがほぐれていたので初対面ではなさそうだった。その女の人は私に聞く。
「なんで韓国語を勉強しようと思ったの?」
私はいつもみたいに上手く答えられずに「好きだからですかねぇ、なんか性に合うんですよね、韓国語の勉強」と濁すように答えた。
「目的はないの?」
そう聞かれてまた言葉を濁し、笑ってごまかした。
すると突然お母さんがやってきて隣に座ると「やだ久しぶり!」と女の人に挨拶した。二人は仲のいい間柄のようで話し込んだいたので私はトイレに立った。トイレを済ませて戻ってくるとお母さんはその女の人と韓国語で会話していた。私はびっくりしてお母さんに聞く。「え!?なんで韓国語話せるのお母さん」
お母さんは笑って答えた。
「だってお母さん、ハーフだもん。知らなかった?」
私は知らなかったと答え、すぐに考えた。
私が韓国語を勉強し始めたのはお母さんの影響だったんだ、血がそうさせたんだ。そうだ、これはお母さんの血が私に影響を与えてたんだ。

そこまで考えたところで私は目を覚ました。
もちろんお母さんは純日本人だし日本語しか話せないけど突然そんな夢を見たので本当にびっくりした。そこまで自分がこの言語を勉強する理由が欲しいんだな、私は。「血」という一番わかりやすい理由を求めるほどなんて。

この話にまだオチはないし答えが出た訳じゃないんだけど、就活するときに嫌っていうほど「なんで中国語?」「なんで韓国語?」って聞かれると思う。そのときに私がちゃんと話せるようにしとかなきゃなと思う。もしかしたら大学の教授たちがそうであるようにただ魅了されたというのが正解なのかもしれん。「なんで?」も質問してくる人たちの心にヘイトの気持ちがなければ胸を張って「好きだから」「魅了されたから」と言えばいいだけなのかもわからん。すんごい簡単なことだ。