業界用語なんのため?

業界用語に「サムゥ」ってなってしまう自分がすんごい嫌なんだけどなってしまうのね。

 

「サムゥ」ってなっちゃったりちょっと笑っちゃったり自分のプライドとして「言いたくない」と思ってしまうようなそういう変な自意識を今すぐ破滅させたいんだけどできない。

 

友達や弟にそれを言うと「言うだけじゃん」とか「そんなんいちいち考えてたら疲れるよ」とか言われるけど思ってしまうし一度思ってしまうと「なんでこんな捻くれてんだろう」と反省し始めて疲れたりする。

 

業界用語ってしなくてもいいことまで業界用語にしたり省略言葉にしたりするじゃん。就活してても感じるしバイトとかインターンシップ(この言葉にもなれるのに時間かかったわ)でちょっと違う世界を見たりするとすごいあるじゃんそういうの。あれってなんのためにあるのかな?そういうのって長くていちいち言いたくないものとか語呂の悪いものをもうちょっとだけ便利にするためだとか、普段の生活で使わないものを指す時に便宜的に使うものだと思ってたけど、「いや、むしろ長くなっとるじゃん」「わかりにくいわ」「なんで横文字にしたの?」みたいなのってすんごいあるじゃん。そこに「気取ってるんじゃない?」っていうのを一ミリでも感じ取ってしまったらもうすんごい使いたくない、恥ずかしくて笑っちゃうのよ。もうこの辺で引いてる人いるかもしれんけどこの私の自意識どうしたらいいかしら?すんごい悩んできた…就活中してても働くようになってもそんなことばっかり考えてたらやっていけんわどうしよう。でも私はいつも「なんでみんなそんなスッと受け入れられるの?!?」と不思議に思ってんのほんとこれ。

 

例えばどんなことかって些細なことかもしれないけどゴミ箱のことを「ダストボックス」って言われると「うん?」ってなるのよ。例えが悪いかもしれんけど…ダストボックスってめっちゃ長くなってしまってるし小さい子とかに伝わらないしそれはどこに向けてのものなの??

 

身だしなみのことを「アピアランス」って言ったりレジのことを「キャッシャー」っていう風に書いてあるところよく見るけどさ、それってなんでそんな言い方するのかすんごい気になるのよ、なんのため?矢印どこにむいてるのそれは?もしそれが、それを使ってる人たちの中で帰属意識とか集団意識を高める効果があるんだとしたらすんごいサムゥって思う。

 

隠語とか略語とかそういうのって結構帰属意識とか集団意識を高めるために使われることが多いんじゃないかな、と思ってて。女子高生が女子高生間だけに通じる言葉使ったりとか例えばアニメが好きな人たち、いわゆるオタクの人たちの中で通じる言葉とか、そういうのもそうだと思ってて。そういう言葉の中から確かにいいところをついてくる、今までになかった、便利な表現が出てくると「萌える」とか「ワロタ」とか「オワコン」とかもそうだけど一般的になりやすいというか広まって浸透して使われやすいんじゃないかな、と思ってて。そういうのはおもしろいしあるべきものというかあって然るものというか、すごくいいと思うんだけどそれが仕事先とかにあったらそれはちょっと嫌だなぁと思うのよ。

 

私はかっこよさげな言葉よりもわかりやすい言葉が好きだしとにかく横文字が覚えられなくて苦手なのでそういう風潮に対して「ありのままでいったらダメ…?」と思ってしまう。

 

飲食店の隠語で多い「お手洗い行ってきます」「休憩いただきます」の代わりに「◯番入ります」っていうアレもお客さんに知られないようにとか不快感を与えないようにするためっていうのはわかるんだけど、従業員がトイレ行ったり休憩するのってそんなにいかんことか??とずーっと思っとって。掃除とかも隠語にするところが多いのかなぁ?トイレとか掃除ってそんな聞くだけで不快感を与えるものなのかなぁ?なんでそんなことするのかなぁ?って思ってしまってそれを言っている自分を想像するとサムゥってなります。あーもう自意識!この自意識が寒いわ!!!

 

終わります。